窓があった場所に「揺れる影」ということばが青いインクで書かれたことがあった。「影は私を見つめていないという思いが、私と影との距離を消し去った」ということばはどの本に書いてあったのか、ふと思い出された。衝動に襲われたという「意味」なのだが、何度繰り返してみても、もう「意味」は夜のなかへ散らばって消えるだけだった。
それより前だろうか、後だろうか、「河口」ということばが出てきた。窓から見える「河口」。潮がのぼってきて、「冬の日にあまく膨らんだ」ということばになったが、書かれなかった。別の日、やはり「河口」ということばがあって、「泥をふくんだ水面に、雨上がりの空の色が静かに映った」という声になった。ことばは距離を消して並んでいた。
同じ場所、同じことばなのに、同じ「意味」にならない。
違った場所、違ったことばなのに、同じ「意味」になる。
「窓」ということばがあった。一つだけ残った「窓」。「だれも聞いていないのに、弁解している顔のように」という比喩が、どこからか飛んできてはりついたみたいだ。
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