さとう三千魚『はなとゆめ』の作品は繰り返しが多い。「野外」という作品。
カタバミの花 咲いた
カタバミの花 咲いたの
きみのいない庭のアマリリスの鉢から
咲いた
咲いたの
カタバミの花
咲いたの
細い茎の先の
先に
むらさき色の花のひらいて
むらさき色の小さな花をひらいて
ひとつふたつみっつ
ひらいて
書かれている「事実」は単純である。「きみのいない庭のアマリリスの蜂からカタバミの花が咲いた。むらさき色の小さな花である」ということが基本的な事実。なぜ、ほとんど同じことばで何度も繰り返すのか。
対話なのか。ひとりが「カタバミの花が咲いた」と告げる。それをその花を実際にはみることができない人が「カタバミの花が咲いたの」と繰り返すことで、告げてくれた人が見ている世界を想像している。たとえば「きみ」はいま何らかの事情(病気や何か)で庭を見ることができない。その「きみ」に詩人は庭の様子を報告する。「きみ」はことばを繰り返すことで、自分が見た花の姿を思い出している。詩人といっしょに花を見たときのことを思い出しているのか。
しかし、この詩は、もっと切羽詰まっている。
詩人の孤独な対話かもしれない。「きみ」はいない。詩人はひとりだ。庭にカタバミの花が咲いた。その「事実」をことばで反芻する。最初に「カタバミの花 咲いた」というときは、「事実」、外の世界、客観的風景の描写だが、次にそれをくりかえすとき、それは「外の世界」ではない。詩人の「内部の世界」である。
それは最初の3行目に象徴的にあらわれている。
きみのいない庭のアマリリスの鉢から
「きみのいない」庭。きみがいてもいなくてもカタバミの花は咲いている。その「事実」はかわらない。「きみのいない」と書かなくても、「きみがいない」という「事実」はかわらない。
「いない/ない」というのは、「客観」のように見えて、「客観」ではないのかもしれない。「いる/ある」は、その「事実」を描写することで証明できるが、「いない/ない」は簡単ではない。「きみ」という存在を知っていないければならない。「きみ」の存在を知らないひとは「きみのいない庭」とは言えない。
さとうが見つめている庭は、「安倍首相のいない庭」と言っても「きみのいない庭」と言っても、さとう以外には同じに見える。「きみ」を知っているからこそ、「きみ」をおぼえているからこそ、さとうは「きみのいない」庭、という。
「きみ」をおぼえているからこそ始まる、さとうの「内部の世界」なのだ。
「きみのいない」ということばが書かれていないときも、くりかえされる2行目で、さとうは「きみ」を感じながら世界を見ている。
細い茎の先の
先に
この不完全な(?)繰り返し、同じことをくりかえせずに、その一部だけを繰り返してしまう切実さは、後半に別の形でくりかえされる。
ひとは大切なことは何度でもくりかえす。「事実」をことばでくりかえし、「内部」の世界にし、その内部の世界をていねいにととのえる。
むらさき色の小さな花ひらいて
消えていったの
消えていくものは
細い茎の先のむらさき色の花ひらいて
細い茎の先の小さなむらさき色の花ひらいて
先なるものと
より先なるものと
なってきみは消えていったの
消えていくきみがいたの
いくつも消えていくきみがいたの
いくつもいくつも消えていくきみがいたの
消えていくきみをしずかにささえていたの
消えていくきみをしずかにささえていたかったの
「きみ」は「いない」のではなく、「きみ」は「いた」。そして「消えていった」だから、さとうはことばをくりかえすことで「いま/ここ」の「事実」を確かめているのではなく、「いま/ここ」を「きみのいた」時間へとつないでいるのである。
突然いなくなるのではなく、そこにいながら少しずつ消えていく。何かが牛縄もテイク。「先」を残して、少しずつ消えていく。その「先」までの長い時間。最後まで「先」にあるのは、「きみ」がみせる懸命の笑顔の「花」かもしれない。
さとうの「内部」にはいつも「きみ」がいる。その「きみ」が「いる」世界へ「いま/ここ」をしっかりと結びつけるために、同じことばをくりかえす。「先」から「元」へかえるように。
ときには、同じことばをくりかえす余裕がなくて、急いで、急いで急いで急いで、そのいちばん重要なことばだけをくりかえす。
さらに「ささえていた」に「ささえていたかった」という自分の「欲望/願い/願望」をつけくわえる。
かなうことのない祈りのように。
あ、くりかえしは「祈り」だったのだ。
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