
安藤サクラ。はじめて見るのだが、こんな女がいるのか。いるんだろうなあ。いや、だろう、じゃなくて、いる。いるけれど、私なんかは、こういう女は嫌いだから見ても見なかったことにしている。まともに見て、感情移入なんかしていたらたまらない。
どういう女かというと32歳の、いわゆるニート。セックスは未経験。はんぶん引きこもり。深夜に百円ショップで駄菓子を買って、家でむさぼり食っている。家族には文句ばっかり言っている。で、こういうシーンを映画はドキュメンタリーのように克明に撮っている。撮っているのがわかるけれど、私は克明には見ていない。半分、そうか、と思いながら半分目をそらしている。真剣に見ると「肉体」が汚染されそう。そういう不気味な力がある。まるで「現実」を見ている感じ。実際に、この女に出会った感じ。ほかの用事でその家に行って、そこで偶然出会ってしまって、「あ、知り合いになりたくないなあ」と思いながら怖いもの見たさの好奇心半分でちらっちらっと盗み見しながら、目が合いそうになるとあわてて目をそらしてしまう感じ。映画なのに、観客には「見る特権」があるはずなのに、思わず、「特権」を半分放棄してしまう。
まいったね。
出戻り(バツイチ、こどももち)の姉と喧嘩して、家を飛び出し、行きつけの百円ショップで深夜のアルバイトをすることになる。そこに出入りしている根岸李江(こんな字だったかなあ)の売れ残りの弁当あさりおばさんと知り合う。女のだらしなさが、そういうだらしないおばさんを引き寄せて、汚染が拡大していく感じ。また、ボクシングジムにかよっている男と知り合う。そこから女の転機がはじまるのだけれど、ここは最初の女のだらしなさだけを描いた導入よりも、わりとしっかりと見る。8割くらいの真剣さで見てしまう。あいかわらず安藤サクラには肩入れせず(感情移入しないようにしながら)、まわりの人物を、その人間造形の仕方(人間描写の仕方)を念入りに見てしまう。だらしなさが拡散して、そのぶん、一人にひきずられないという安心感、意識が散らばっていくので、笑って見ていられる。安藤サクラが風邪をひいて、新井浩文が女のために肉を食わせる。そのステーキがでっかい。かじりつきながら安藤サクラが笑ってしまう、新井浩文が「何で笑うんだよ」というシーンは、「アニー・ホール」のエビのシーンでダイアン・キートンがほんとうに笑い出すシーンを思い出させる。映画を見ているというより、そこにいる「ほんもの」の人間のほんものの反応を見てしまう感じ。そして、そこで展開するそういう「どたばた」を経たあと、安藤サクラがボクシングを真剣にやりはじめるころから、目がスクリーンに釘付けになる。視線の集中度が5割→8割→10割と高まってくる。
おいおい、こんなに変われるのか? おまえは女ロッキーか?
ファイティングポーズもろくにとれなければ、縄跳びをしていたらだんだん後ろにさがってしまうような女が、プロボクサー試験に合格し、試合に出ることになる。試合は、まあ、定石通り、コテンパにやられる。途中、「もう、いや」と言っているのか、安藤サクラの「役」を忘れた地のような瞬間が見えたあと、クライマックス。一発もヒットしなかったパンチが相手をつかまえる。相手の体がぐらりと傾く。
おおっ、やっぱりロッキーか。ついに勝つのか。この瞬間、視線の集中度は12割。つまり、スクリーンを見ないで、自分の「期待」を見てしまう。「期待」にあわせてスクリーンが動いてくれることを願ってしまう。
が、そんなうまい具合に映画は展開しなくて、相手の女は倒れかけた態勢から、そのまま反動でパンチを繰り出してくる。それが決定的なパンチ。油断しているから、余計こたえる。そのまま、立ち上がれない。「立て!」と叫んでいる恋人や姉や家族の「肉体」が見える。声は聞こえない。声を通り越して肉体が見える。でも、立てない。
負けてしまう。
負けてしまって、あざだらけの顔になって、帰る。外で男が待っている。その男に泣きながら「勝ちたかった、一度でいいから勝ちたかった」と言う。これがアップではなくて、ロングのところがいいなあ。おっ、勝つのか、と思わせた瞬間が12割の集中度。それからあとは、やっぱり10割、8割へとだんだん集中度を下げていって、こういう女、いるんだよねくらいの感じで終る。10割、12割だと、きっと自分がつらくなる。
完璧な構成。完璧な演技。完璧なカメラ。いやあ、大傑作。福岡での公開は「0・5ミリ」と時系列が逆になったみたい。正月明けの「0・5ミリ」が楽しみ。
(2014年12月28日、中州大洋4)
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