秋亜綺羅「路線バスを待ちながら」 | 詩はどこにあるか

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秋亜綺羅「路線バスを待ちながら」(「文藝春秋」2014年12月号)

 秋亜綺羅の詩は理屈っぽい。理屈を読ませる、理屈を裏切る--その瞬間の驚きのようなもの、それを詩と考えているのかもしれない。
 こういう詩は、意外なことに、短いとおもしろくない。長い方が生き生きする。論理がしょっちゅう動いた方が楽しい。
 「文藝春秋」の詩の欄は小さい。従って作品は短い。

人間が横暴だといわれるのはなぜですか
シマウマを食べるライオンだからですか
ゾウを倒すアリの大群だからですか
いいえ、夢を作って食べつくすバクだからだよ

人間が幸福を感じる生物であるのはなぜですか
ひとが死んだとき、ああ自分じゃなかったと思うからですか
バケツいっぱいのプリンを食べて死のうと夢見るからですか
いいえ、いま向こうから近づいてくるバスが
時刻表にないことを知らないからだよ

 「なぜ」と問いかけ(自問し)、それに対して自分で答え、さらにそれを否定して飛躍する。これが一連目と二連目で反芻される。二連目を読むときは、「いいえ」が出てくるタイミングまでわかってしまう。ことばの、わかりきった運動。どんなに意外なことが書かれても、そこに運動の「論理」(問いかけ、自答し、否定する)が一貫しているので、意外な感じがしない。
 これが延々と繰り返されると、その繰り返しがリズムになり、ことばを疾走させる。こんなに短いと、繰り返しが疾走にならない。躓きになってしまう。つまんないね。
 だから、私は、この詩を読みながら作り替えて(秋亜綺羅をコピーして)、書かれていない詩を楽しむことにする。
 「横暴」と「幸福」。その「意味」はわかったようで、わからない。だから、一連目と二連目の「横暴」と「幸福」を入れ換えてみる。

人間が幸福だといわれるのはなぜですか
シマウマを食べるライオンだからですか
ゾウを倒すアリの大群だからですか
いいえ、夢を作って食べつくすバクだからだよ

人間が横暴を感じる生物であるのはなぜですか
ひとが死んだとき、ああ自分じゃなかったと思うからですか
バケツいっぱいのプリンを食べて死のうと夢見るからですか
いいえ、いま向こうから近づいてくるバスが
時刻表にないことを知らないからだよ

 何か、変わった?
 変わらない。「横暴」は「幸福」であり、「幸福」は「横暴」なのだ。そして、「横暴/幸福」とは、自問自答し、否定するということのなかに完結してしまうことである。
 もうひとつ、バリエーション。

人間が幸福だといわれるのはなぜですか
ライオンに食べられるシマウマだからですか
アリの大群に倒されるゾウだからですか
いいえ、バクに食べつくされる夢を作るからだよ

 被害者と加害者を入れ換えると、そこに「偶然」ではなく「運命(宿命)」があらわれる。運命の方が「人生」に近い。
 この「幸福」をもう一度「横暴」に戻してみようか。

人間が横暴だといわれるのはなぜですか
ライオンに食べられるシマウマだからですか
アリの大群に倒されるゾウだからですか
いいえ、バクに食べつくされる夢を作るからだよ

 どう?
 被害者は一般的には不幸な人間に分類されるが、こうやって書いてみると違う感じにも見える。なぜライオンに食べられるままのシマウマでいる? どうして闘わない? 闘わないのは、自分の人生に対して「横暴」じゃない?
 ほら、そういう「論理」で「組織」をつくろうとする人間がいるでしょ? いやだな、と思ったことはない? 「論理」の正しさなんかどうでもいい。「論理」を無視して、だらだらしていたい、だらしなく生きてみたいと思ったことはない? すべてのシマウマがライオンに食べられるわけではない。自分は食べられずに一生を生きてゆけるかもしれない。闘うなんてことはしないで、草を食べて満腹になって、さらに鼻いっぱいに草の匂いを吸い込んで、幸福を感じていたっていいんじゃない?

 まあ、こんなことは秋亜綺羅が書いているわけではないのだけれど。

 秋亜綺羅の詩にはいろんなハプニング(論理のひっくりかえし)が隠れているが、それは「仕掛け」である。論理は実はひっくりかえらない。ひっくりかえったことを装って、起き上がる。おきあがりこぼしが秋亜綺羅の「肉体」なのだ。
 そうであるなら。
 何度でもひっくりかえり、何度でも起き上がる。七転び八起きという運動を連続した形で見せないとね。偶然こそが必然を明らかにするということろまで書かないと。
 秋亜綺羅には短い詩は向いていない。

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