小柳玲子「『どんぐり』転々」は、林嗣夫のエッセイ集からはじまり、寺田寅彦の『どんぐり』を経て、敗戦の年、「どんぐりを食べ腹痛でひっくり返っている若者を見た日があった」という具合に変化していくのだが、その後半。
お巡りさんや子どもたちが取り囲んでいたが どうにもならない
母が「持って行っておやり」という蒸しパンを神社に持っていった
うどん粉とふくらし粉を混ぜ合わせて蒸した いまでは犬だって
食べないような手製のパンだったが (行き倒れ)は 食べ終わると
元気になっていた 空腹の腹痛だったらしい
「どんぐり」で母を思い出したのだろうか
昨日は夢の中を母が歩いていた
蒸しパンを作っていた頃の若い母だ
あまりに年老いてしまった私が母には分からないらしく
すいすいとすれ違って行ってしまった
まあそんなものでしょうと思っていたので 振り向いても見なかったが
ちょっと残念だったかな
母の十三回忌が近い
私の生涯で誰より長い年月を一緒に暮らした人だ
「団栗」
これなんて読むんだっけ
なんて わざとらしいこと聞いてみても悪くはなかったのに
「「どんぐり」で母を思い出したのだろうか」からあと、ことばがすーっと動いていく。そのリズムがとてもいい。前半にいろいろ書いてあったのだが、忘れてしまって、夢ですれ違った母と小柳の関係を、まるできのうあったことを思い出すみたいに思い出している。
思い出すというより、想像している、と言いなおすべきなのかもしれないが。
この「思い出す/想像する」ときの、不思議な感じがいい。
あまりに年老いてしまった私が母には分からないらしく
小柳は若いときの母も年をとってからの母も知っている。けれど、「若い母」は年取った小柳を知らない。これは小柳の完全な「想像」だが(「らしく」ということばが「想像」であることを告げている)、もしかすると年取った母が、年を取った小柳を見て「あなたは、だれ」というようなことがあったのかもしれない。いわゆる認知症。母が覚えているのは幼いときの小柳だけ。年を取った小柳を小柳と認識できない。
それは悲しいことだけれど、「まあそんなものでしょう」という気持ちになれるくらいに、それから年月が過ぎている。(十三回忌を迎えるまでの年月が過ぎ去っている。)
あるいは、小柳の母は自分のことに集中すると、まわりを見落とすということがある性格だったのかもしれない。道で出合ったとき、幼い小柳は母を見ているが、母は気がつかずにそばを通りすぎるというようなことがあったのかもしれない。みんなとは違う何か別の世界を見ているということがあったのかもしれない。
蒸しパンをつくったときも、幼い小柳にはなぜそうしているのか分からなかったけれど、小柳の話を聞いただけで行き倒れの若者が空腹であることを見抜いたのだろう。空腹さえおさまれば腹痛はなおるということがわかっていた。同じ腹痛を母は体験してきているのかもしれない。母の肉体はそのことを覚えていて、どうすればいいかがわかったのだ。ふつうの人が見えないものを瞬間的に見て、それに向かって行動するというようなところに母の特徴があったのかもしれない。
ひとは誰でも、たとえ母と子どもであっても、見ているものが違う。見えている世界が違う。違いをかかえながら一緒に生きている。そういうことが「自然なあり方」であることが、いま、そうゆう光景がゆったりした感じで小柳のこころのなかに広がっているのかもしれない。
「団栗」
これなんて読むんだっけ
なんて わざとらしいこと聞いてみても悪くはなかったのに
この「わざと」がいい。知っている。知っていても、聞いてみる。「声」が聞きたいのだ。これは、「おかあさん、私のこと好き?」と聞くのに似ている。そんなことは、わかっている。わかっていても聞きたい。言ってもらいたい。いや、わかっているからこそ、聞きたいのかもしれない。「もちろん大好きよ」「よかった、私もおかあさんがいちばん好き」。そう言うことで、「こころ」が「一緒」ということを実感したい。
私の生涯で誰より長い年月を一緒に暮らした人だ
は別なことばで言えば、誰よりも長い年月を「一緒のこころ/同じこころ」で生きてきた人だということになる。「暮らし」が「一緒」は「こころ」が「一緒」ということなのだ。
年を取って(小柳だろうか、母だろうか)、誰が誰であるか「分からない」。けれども「こころ」はいつでも「一緒」にいる。「頭」には分からなくても「こころ」にはわかる。そういうことも感じさせる。
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