「クレイトスの病い」は、前半と後半で世界ががらりと変わる。前半は美男で教養のあるクレイトスが熱病にかかったことが書かれている。青年俳優に恋をしていたのだが、失恋し、その気落ちを熱病が襲ったので、危篤状態に。両親はおろおろするばかりなのだが、乳母は……。
育てた乳母はいかにも年寄り。
だがひたすらクレイトスの生命を心配。
気もすずろになって
若い日この家の下女にならない前に
信仰してた偶像を思い出した。
ここは名高いキリスト者一家。
乳母もキリスト者なっていたが、
奉納のパンとワインと蜂蜜をこっそり持ち込み、
偶像に供えて、若い日の記憶のかすかに残る
呪文をきれぎれに唱えた。だが
乳母にはわかっちゃいなかった、黒色の魔神は
キリスト教徒が治ろうが治るまいが
知っちゃいないってことが。
この後半も、その後半なのかで前半と後半に分かれる。前半は乳母の心配と行動を描き、後半で「黒色魔神」の主張が語られる。この「黒色魔神」の主張が強烈である。魔神が気に留めるのは彼を信仰する人々であって、キリスト教徒ではない。これはあたりまえのことだが、そのあたりまえのことをここで言わせているのは、この詩の時代、アレクサンドリアではキリスト教とギリシャでのそれまでの信仰が拮抗していたことを明らかにするためである。
カヴァフィスは、この詩では、前半に若い男色を登場させ、男色の世界を描いているかのように装っている。失恋の失意と病気の追い打ちという悲劇を書いているというように装っている。
しかし、カヴァフィスが気にしているのは、ひとりの若者の運命ではない。
カヴァフィスが史実を材料に詩を書くとき、その史実と「現在」が重ね合わせられ、ギリシャの動き、カヴァフィスの思想を反映させているというのは中井久夫の指摘である。この詩には「史実」らしいことは見受けられないが(クレイトスがだれなのか、よくわからないが、架空の人物だろう)、この詩も「現実」と重ね合わせられていると思う。
一方にキリスト教の世界があり、他方にギリシャの伝統宗教の世界がある。同じように、一方にトルコとの関係があり、他方にイギリスとの関係があるというギリシャの特有性。ギリシャ人を支えているのは何なのか--そういう問いが隠された詩なのだと思う。
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