池井昌樹『冠雪富士』(16) | 詩はどこにあるか

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池井昌樹『冠雪富士』(16)(思潮社、2014年06月30日発行)

 「冠雪富士」にかぎらないが、今回の詩集は「日記」のように読むことができる。ある日、あのとき何をしたのか……それを淡々とつづっている。「冠雪富士」は池井の誕生日の一日を記している。

晴れて還暦、定年を迎えた。こんな出来損ないが三十四年ものあい
だ、曲がりなりにも同じ本屋でいさせてもらえた。僥倖のほかはな
い。細やかなそのお祝いに、というわけでもないが、妻と久々連れ
立って表参道まで谷内六郎展を観に出掛けた。混み合う朝の井の頭
線の車窓から、見事に雪を頂いた富士が一瞬、歓声を挙げる間もな
く過ぎ去った。それは驚くばかり間近で鮮やかだった。

 タイトルは、この一瞬見えた富士からとっている。しかし、この富士はそのあと詩の主役になるわけではない。富士のことは、これっきりである。ほんとうの主役は、その富士の印象「驚くばかり間近で鮮やかだった。」にとってかわる。
 谷内六郎展を見て、谷内六郎はこの世にはもういない。この一日がやがて跡形もなくなるように、ひとの一生もまたあとかたもなく消え、池井の誕生日を知っているひともいなくなるだろう、というような、その日の思い浮かんだことが思い浮かんだ順に書きつらねられ(まさに、子どもの日記だね)、それがその後……。

      誕生日を知るものなんか金輪際もうないんだろうな、
酔いにまかせて独り言ううち、つましい尾頭付を皆で囲んだ幼い日
が思い起こされ、矢も楯もたまらず、いまは施設で暮らす郷里の母
に電話した。「二月一日は何の日じゃ」。「何の日じゃいうて、まさき
の誕生日じゃろうが」。息子は胸が熱くなった。「おなかすかしたま
さきがまっとるけん、早よう帰らんならんのじゃ」。「そのまさきと
は、このわしのことじゃろうが」、とはいわなかった。

 時間が突然、ここで止まる。そして、その止まった時間のなかに、富士とは別の「間近」と「鮮やか」が突然あらわれる。
 坂出の施設に暮らしている母は遠く離れている。その母と話すとき、その遠い距離は消える。間近になる。母は池井の誕生日を覚えている。覚えていてくれたということが、「遠い」距離をちぢめる。「間近」にする。さらに池井を心配して「おなかすかしたまさきがまっとるけん、早よう帰らんならんのじゃ」と母は言う。認知症なのか、現実(息子は坂出の家にはいない)がわかっていない。けれど、そのわかっていない「肉体」のなかに、昔のままの母が生きていて、池井のことを思っている。自分のことを思っているのではなく、いつも池井のことを思っている。その思いが、さらに母を「間近」にする。そして「鮮やか」にする。
 それは朝の電車のなかから見えた富士、冠雪した美しい富士のように、ぱっと過ぎ去っていくものかもしれないが、それを見たひとにははっきりと見える。
 この美しさをどうしたものだろう。何をつけくわえるべきだろう。何もつけくわえるものがない。それはちょうど、母に対し「そのまさきとは、このわしのことじゃろうが」、とは言わなかったのに似ている。言うと違うものになる。

 この詩には、池井がその日出会った「間近で鮮やかな」なものが書かれている。そして、その書き方はまるで小学生の「日記」のように時系列順に綴られているのだが、一か所、不思議なことばの運動がある。

息子は胸が熱くなった。

 「主語」が「息子」になっている。
 それまでの文には「主語」が省略されている。しかし、その「主語」はすぐに「私」であることがわかる。書き出しは「主語」を補って書き直せば、「私は晴れて還暦、定年を迎えた。」である。「息子は」ではない。「息子」があらわれる直前の文章も「主語」を補えば「私は郷里の母に電話した」になる。
 それが突然、「息子」にかわる。なぜなんだろう。「私は胸が熱くなった。」ではなぜいけないんだろう。
 これはとてもむずかしい問題なのだが。
 私は「息子が」と「主語」を変更したところがこの詩を美しくしていると思う。「私は胸が熱くなった。」では六十歳の池井がそのままあらわれてきて、とてもセンチメンタルになる。ひとりで胸を熱くしていればいいさ、と言いたくなる。あんたの感激なんかにつきあっていられない、と冷たく言い放ちそうになる。こんな「日記」なんか、私には関係がない、と言いたくなる。
 ところが「息子が」と書かれた瞬間、その「息子が」を読んだ瞬間、そこから「池井」が消える。六十歳の池井が消えて、「母と息子」という関係がぱっと飛びこんでくる。池井と母のことを書いているのに、池井ではなく「母と息子」という純化された(?)関係、その関係のなかにある「愛情」という「ほんとう」が噴出してくる。
 「母と息子」というのは抽象的で、ほんとうなら、そういう抽象はつまらない「流通概念」なのだが、ここに書かれているのは「抽象以前」の何かだ。「いのちのつながり」が「抽象」にならずに、「抽象」を突き破って「間近に鮮やかに」動いている感じがする。
 池井は「息子」という「具体」になっている。それは「私」よりも生々しい。「息子」と一緒に、そこでは幼い日々の時間が一緒に動いている。施設に入る前の母、幼い池井を見守っている母が一緒にいる。
 その母が、池井が幼いときのままの元気な体と頭でいたのなら、「そのまさきとは、このわしのことじゃろうが」という「軽口」で母に何かを語ることもできたのである。でも、いまは、それができない。そういう「哀しみ」が、これもまた「間近」に「鮮やか」に見える。


冠雪富士
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思潮社