ドゥニ・ビルヌーブ監督「プリズナー」(★★★★) | 詩はどこにあるか

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監督 ドゥニ・ビルヌーブ 出演 ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール

 うーん、映像がしつこくて冷たい。
 雨が降っていて、フロントガラスを雨が流れる。当然、見える世界は限られていて、しかも不鮮明。私は車の運転をしないのでわからないのだが、こういうときの運転はどうするのだろう。目と耳できちんと状況を判断して運転するというより、それまで肉体で覚えてきたことに無意識に頼るのではないだろうか。知らない土地ではなく、なじみのある土地ならなおさら肉体の覚えていることに頼る。あと少し行ったら信号、そこを左折……とか。
 こういう肉体の記憶頼みというのは、いろんなところで行われる。そして、それはだいたい「当たっている」。これはすごいことなのか、恐ろしいことなのか。
 映画を見ている間、その「肉体の覚えていること(肉体の記憶)」の不気味さが、ずーと体に張り付いて、困った。なぜ、不気味かというと、肉体が何かを覚えるとき、それはあくまで個人的な感覚だからである。車の運転に戻っていうと、あと少しで信号と思う時、ある人はスタバを見て思い、ある人はアメリカスズカケをみて思うという具合に、目印が違うからである。で、その個人的感覚が延々とつづくと、しつこいなあ、と思う。自分になじみがない感覚だと、そのしつこさになじめず、あ、いやだな、この冷たい感じ――と私は感じてしまう。
 映画は子供を誘拐された男と刑事が、それぞれの「肉体の記憶(直感のように肉体にしみついてしまっている意識)」を手掛かりに事件に向き合う。個人的な直感を優先するので、同じ事件なのにぜんぜん協力しない。自分の主張の正しさ、自分の問題解決の方法の正しさに固執する。相手の主張は、「勝手にそうしたら」というと大げさだが、何かしらそういう感じがする。なぜ、自分のスタイルを尊重してくれないんだという怒りを含んだものが、つねに肉体のまわりににじみだしている。これが、不気味さと冷たさに拍車をかける。
 ヒュー・ジャックマンの暴走する父親の演技が評判だけれど、暴走する父親、自分で解決しようとする父親はアメリカ映画ではありふれたヒーロー。怖いのは、その暴走する父親のそばに刑事と親友がいて、刑事は刑事で一匹オオカミということ。強力し合わないということ。
 で、その父親は配管工(?)か何か仕事はよくわからなけれど、これがまた自分で何でもしてしまう派というのもこわい。自分の生活(自由)を自分の手で守っているものだから、他人なんか気にしない。自分の娘さえ救い出せれば、犯人とにらんだ男を平気で拷問してしまう。こんな日本人いないよなあ、と私はまた恐怖にとらわれる。
 刑事も刑事で、かつては少年院(?)に入っていた。前科を引き合いに出すのはよくないのだけれど、この場合、重要。ある程度、犯罪心理(加害者心理?)がわかる。それがジェイク・ギレンホールの強み。それで、これまでは事件を解決してきた。いわば、敏腕刑事になっている。その彼が、不良時代の名残のタトゥーを首筋にのぞかせている。でも、見える範囲を少なくさせるために、シャツのボタンを一番上まで止めている。ネクタイはしていないくせに。さらに妙に肥満体の体を、不格好な白いシャツで包み込む。この辺の過去の隠し方が、いやあ、気持ち悪いねえ。自分に閉じこもっている感じがする。
 二人に限らず、登場人物全員が、「個人」に閉じこもっている。何度も書くが、それが雨の日の車に乗って、見えにくい風景の中を動いている感じ。他人と接触しても、ほんの一部で接触している。これがアメリカの個人主義? 自由主義? フランスともイギリスとも違うね。だいたい誘拐が頻繁にあって、解決されていないというのが恐ろしい。無関心(自己中心主義、非干渉主義)と広い国土のせいかなあ……。
 というようなことを書いていると、私は、だんだんこの映画が好きになってくる。こんなしつこく冷たい質感の映画はアメリカには珍しい。とても貴重。ここにはファーストネームで呼べばみんな友達--などという感覚はまったくない。個人個人が自分のできる最大限のことをして協力しあえば不可能はないというような、明るい合理主義(民主主義?)はまったくない。こわい、こわい、こわいアメリカがあるばかり。
 ストーリーなんかは、映画には関係ないんだなあ。画面が伝える空気、人間の質感がスクリーンからあふれてくるのがいい映画だね。こんなアメリカ映画はないぞ。
 で、いやあな感じに敬意をこめて★4個。
                        (2014年05月07日、中洲大洋4)




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