千人のオフィーリア(141-151)
141 橋本正秀
鏡に映ったおぼろな顔を
怪訝な顔で見ていると
鏡の中の顔は
くっきりとその貌を顕わにする
きりりとした眼で
また
鏡を覗くと
呆けた顔が
婉然と見つめている
オフィーリアは
日がな
鏡の中の自分と
自分を凝視した
そして
眼を瞑ることを
許されない自分を
また
眺めた
142 西川 仁
月冴ゆるつぶらに生れし裏木戸に血潮のやふな椿の花瓣
143 市堀玉宗
寒椿おもかげ冥くたもとほる
144 山下晴代
寒椿駅裏逢冬至
抱膝墓前女伴身
星流城中父霊去
還応伝言夢見人
145 二宮 敦
寒椿瞑きままにて詩製さる
146 金子忠政
どんな水であれ
一雨くればガスのようなものも油も記憶も洗い流される
森の町の真昼
過去はあっさり朽ち果て
あっさりとまた製造されていく
情交のドタンバタンのように
熱線によって頭蓋内でビルが倒壊し
ベンチに屈んだその前方
道ばたにくすむ寒椿の
赤い筋肉の股間が硬く閉じて答えない
何度情交を重ねても
憤死には到りきれず
引きずる時もなく座ったまま
闇雲な風とガスのようなものにあてられて
冬枯れる日が時化ていた
これは何年前のことだろうか?
147 市堀玉宗
銀河系に置いてきぼりや着ぶくれて
148 二宮 敦
冬の星あるやなしやひろふもの
149 橋本正秀
視神経と聴神経の
はざまを満たす
女の記憶
その確かさと
その不確かさを
足して割るべき数を前にして
ためらっている
男
の神経を
逆なでにする
幼女の拗ねた眼の奥に
冬枯れた日常が
笑ってる
置き去りにされた
銀河の中の
きらわれ者
いつの頃からか
ポツンと
そこに
立っていた
150 市堀玉宗
てのひらのうすくれなゐや雪もよひ
151 金子忠政
寒々と放り投げられた待合室で
鱗をはがされるように逆撫でられ持続する
夢の跳梁
ああ!熱帯の雪
手に手が添えられないまま
オフィーリア、先触れだけがやってくる
骨は生身に回帰するが
制度は肋のように生身であるから
ゆっくりとした瞬きごとに
とつとつと憤怒を湛え
手応えのない断念へ
つぶてを華やかにせよ!
152 二宮 敦
言葉のために心を磨こう
大人になるにつれ
見栄や欲に囚われ
言葉の根っこが痩せてくる
根っこの痩せた言葉ほど
痛々しいものはない
金のため愛を捨てた音楽家
に等しい
人知れず心を育てよう
褒められ認められるための
思いやりは存在しない
時に嫌われ疎まれてしまう
サジェスション
分かってもらえない切なさ
分かり分かち合えない愛
ああオフィーリアよ
153 橋本正秀
アフリカの白子
異形の神の子
神の子ゆえの
異形の出で立ち
ちらつく雪の中
体を震わせて
今
黒褐色の民の群れを
ピンクの眼を血に染めて
その動きの息遣いさえ
見失わない気を
充満させて
凝視している
プラチナブロンドに
発光する髪の毛は
逆巻き
乳白色の皮膚には
怒りと断念の
血脈が息を
弾ませ
まぶしい光の
乱舞の中の
黒い肌の
おぼろな影の
白い眼と歯から
白く輝く身体を
誇示する意欲は
もはや
失せていた
アルビノ
アルビーノ
アルビノに
アルビノの
ホワイトコブーラが
半身を起こし
その鎌首の
襟を膨らませて
御子の背後から
黒い影となって
身を寄せていく
雪は激しさを増し
白子となって
暑い大地の熱を奪っていく
154 山下晴代
アフリカの白子、それは、タガステ生まれの聖アウグスティヌス。
若い頃はサルサのリズムに酔い、情熱の恋もしました。
その女と子どもももうけました。
しかし私はすべてを捨てて神の国へ参りました。
サールサ、サルサ。今でも私は踊ります。
雪のなかで。熱い心は変わらず。
さまざまな画家が私の肖像を描いています。
サールサ、サルサ。ここもローマ帝国。
155 谷内修三
踊れ、私のハイヒール
踊れ、きみの素足
踊れ、私の子宮
踊れ、きみの腰骨
踊れ、私の夜
踊れ、きみの昼
踊れ、サルサ
踊れ、私の野生
156 橋本正秀
君よ 歌え
私の日記の
昨日と今日と
そして明日を
毛を逆立て
渾身の力をもって
タクトを振れ
君よ 謳え
私の伊吹を
何もかも
蹴散らし
吹き飛ばす
伊吹颪の
怨念の噴出を待て
君よ謡え
私の可愛いスターダストが
根こそぎ
降り注ぐ
火矢の
燃え盛るまま
坩堝の饗宴を寿げ(ことほげ)
私は うたう
「なぜ」
「どうして」
「何を」
「だれと」
全ての問いに
拒絶しながら
低く さらに より低く
地の魂の
気の向くままに
君の
絶命の
今際(いまわ)に
157 市堀玉宗
混沌に眼鼻ことばの寒かりき
158 橋本正秀
目鼻ふたぎて
一途末期のカオスを打たむ
159 市堀玉宗
冬が来るというから
夢から目覚めたやうに
しづかな海を見てゐた
生きねばならないもののやうに
混沌の風に吹かれて
人生のすべてが
いつの間にあんなに遠い海原
あれは取り返しがつかない
生きてしまった私の沖
なにもかもがまぼろし
なにもかもがほんと
海は
生きることの虚しさのやうに美しい
160 山下晴代
重力や非想非非想冬の海
*
アーカイブは左欄の「カテゴリー」→「千人のオフィーリア」で読んでください。