「失われた時」(この詩も長い。現代詩文庫は「Ⅳ」を収録している。今回も1ページから1行を選んで書いていく」
「失われた時 Ⅳ」
三角形の一辺は他の二辺より大きく (55ページ)
これは西脇が発見した「こと」ではない。誰もが知っていることでである。その1行がなぜおもしろいのか。これを説明するには前のことばを引用するしかない。
直前は「牛にはみなよい記憶力がある/四重の未来がもう過去になった」。「四重の未来」というのは牛が四つの胃袋で咀嚼することと関係があるかもしれない。四回に分けて咀嚼するから、食べたものをよく覚えているということか。四回に分けて咀嚼するから、その4つの胃袋のは過去と未来を抱え込むということか。あとひとつ現在をくわえてもなおひとつあまるのだが……。
このあたりの「ごちゃごちゃした算数」から、三角形の「三」、それから「一辺」の「一」は出てきているのかもしれない。そういうことを考えるとおもしろいけれど、考えてしまってはことばが停滞する。リズムがこわれる。それでなくても「牛にはみなよい記憶力がある/四重の未来がもう過去になった」自体が重い。
ここからいっそう重くなる詩というものもあるが、西脇は、こういうとき重さを「脱臼」させる。軽くする。それが「三角形の一辺は……」である。考えなくても、わかる。そういうことばで、止まりかけたことばを動かす。
西脇は「意味」ではなく、ことばの軽快な運動そのものを詩と感じているのだ。
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西脇 順三郎 | |
岩波書店 |