121 谷内修三
私は男装のオフィーリア、
恋人は女装のハムレット、
私のことばは嘘つきオフィーリア、
恋人のハムレットはほんとうしか語れない、
月は輝いている半分で人をだまし、
月は暗い半分で言えないことばを撒き散らす、
私の男装はオフィーリアのため、
ハムレットの女装は恋人のため、
122 市堀玉宗
白鳥を女体と思ふ鼓動かな
123 金子忠政
空に十字を切る白鳥
それが、それこそがオフィーリアで
あれ、かし!
と、
生臭い手で
斧をつかみ
おもむろにゆっくりと立ち上がった
124 山下晴代
結局街へ行っても炭は売れず、木こりはこわごわ家に戻った
というのも、何日もものを食べていない実子二人と養子一人
計三人の子どもが待っていて、その顔を見るのが恐ろしかった
何も食べるものがないまま夜寝ていると、なにか音がする
みると、子どもたちが斧を研いでいるのだった──
父ちゃん、いっそのことおいらたちを殺してくれ
そうして子ども三人は丸太を枕に横になるのだった
──それは、
ある囚人が、柳田国男に語った、おのれの「犯罪」だった
柳田は、「人生五十年」という本の「はじめの言葉」
にそうしたエピソードを記したのだった
おそらく、生を寿ぐために
125 橋本正秀
白鳥の明夜の星にあれかしと
胸ときめかせたどる残り香
126 小田千代子
宵に待ち宵に送ったかの人の吾への笑顔星になれかし
127 市堀玉宗
帰り花この世に甲斐のあるやうに 生きてしことの償ひに似て
128 橋本正秀
狂ひ狂ひてかの世忘れそ
129 二宮 敦
フィヨルドの水底に眠りしオフィーリア
彼女の間近の目覚めは
ほんの1億年ほど前
その前も1億年前
その時は男として目覚めた
ミレーの描きし姿と異なり
ベガではなくアルタイルとして
アダムもイブも
伊邪那岐も伊邪那美も
ハムレットもシェイクスピアも
すべてはみなオフィーリア
回帰も狂気も忘我もみな
両性の子宮より孕まれしもの
130 市堀玉宗
光り身籠るうらさびしさに毛糸編む女はいつも闇を喰らへる
131 山下晴代
オフィーリア-、リアー、アアー、アアー
オフィーリアー、リリー、リルー、ルルー
オフィーリアー、アルー、ルアー、アリー
オフェリアー、フェリー、リフェー、エリー
オフェリアー、オオー、フェフェー、アオー
シャバダ、シャバダ、シャバダ、娑婆だ。
サバダ、サバダ、サバダ、鯖だ。
132 谷内修三
寝返りを打ったあとにできる新しい皺は、
怒りのあとの冷たい汗、
悲しみの新しい手のひら、
疲労の寂しい地図、
133 田島安江
夢をみた朝の目覚めは、
立ち止まっては振り返る路地奥の、
ふと立ち寄ったカフェにたたずむ
遠い記憶のカタチ。
傷跡から滴る血の匂いのような、
苦い珈琲の味。
134 橋本正秀
午睡
する
女・こどもの群れ
お好みの
夢賊に
魂を売り払って
重い身体だけが
汗まみれの代金を握りしめて、
シートに横たわらせている。
珈琲色に泡立った
口角の艶かしいうごめきに
血糊の刃が
また
迫る
ティー・ルーム
の
昼下がり
135 二宮 敦
真夜中の底に降り立つ
天使の
殺戮がはじまる
新鮮なる血液を求めて
無差別に
はじめられる
歯はこぼれない
刃もこぼれない
完全なる狂気と凶器で
コンプリート
真夜中はワインレッドに染まりゆく
136 山下晴代
もーーーっと勝手に殺したり
もーーーっと殺戮を楽しんだり
忘れそうな罪悪感を
そっと抱いているより
堕ちてしまえば
今以上それ以上苦しめられるのに
あなたはその燃えたぎる憤怒のままで
あの煮えたぎる溢れかえるワインレッドの
血の池で待つ渡し守カロン
もーーーっと何度も生き返ったり
ずーーーっと熱風に吹かれたり
意味深な言葉に
導かれて地獄を行くより
ワインをあけたら
今以上それ以上苦しめられるのに
あなたはただ気を失うよりてだてはなくて
あの消えそうに光っているワインレッドのドレス
千人のベアトリーチェに惑わされてるのさ
今以上それ以上苦しめられるまで
地獄の濁った川を行くのさ
ほらあの門に書かれたワインレッドの文字
「われを過ぎんとするものは一切の望を捨てよ」
(註:括弧内引用、平川祐弘訳『神曲』(河出書房新社刊)より)
137 橋本正秀
女装したかのような
侍女の顔と
男装したかのような
侍従の貌を
オフィーリアは呆けて眺めている
右手には赤葡萄酒の瓶を握りしめ
左手には血を湛えたグラスを持って
男と女の
女男と男女の
娑婆娑婆ダー、娑婆娑婆ダー
脳裏に響く娑婆娑婆ダーを
西の山から血の池越えて
引き摺り彷徨う
夕星を見上げる
オフィーリアのシルエットは
赤黒い
一瞬の輝きの中で
狂気も
殺戮も
ため息すらも
呑み込んでしまった
138 Jin Nishikawa
経血の溢れし海に錆めひた鹽甕映ゆる凍て月もあれ
139 谷内修三
そして私のパスワードはだれの誕生日だったか、
そしてきみの名前はだれのパスワードだったか、
秘密を握り締めた拳は壷の口を抜け出ることはできない、
手のひらを開けば宝石は再び壷の底へとこぼれ散らばる、
そして忘れてしまった愛は憎しみの別名ではなかったか、
そして憎しみの別名は愛の透明な鏡文字ではなかったか、
140 瀬谷 蛉
美を醜に醜を美にして戯にけり
*
アーカイブはカテゴリー「千人のオフィーリア」をクリックしてください。