くちびる、 | 詩はどこにあるか

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くちびる、

くちびる--ということばに出会ったとき、くちびるは指でなぞられていた。窓の外には雨の音がしていた。くちびるの端から中央へ、ガラスをつたう雨のように、指はくちびるを離れまいとしていた。机の上には読みかけの本があった。雨に濡れた窓のまだらな光と影がページに落ちていた。そのページをめくるように、指の腹がくちびるを押しながら動くと、くちびるがたわみ、声にならない息がもれた。体温に染まった湿り気が、ことばに見られているのを意識しながら、つまりことばにその動きが見えるように、指に絡みついた。ことばに見られていると気づいた指は少しもどろうとするが、くちびるの奥からは舌先があらわれて指紋に触れるだ。本のページが、はやく、と指を誘うように。コーヒーカップがあった。そんなはずはない。指は、指がくちびるの上をすべる。あふれてくる唾液がひかる。そんなはずがない。コーヒーカップの縁を指でなぞって、くちびるの女が復讐しているのはくちびるのつややかさか、指のじれったさか。窓の桟にたまった雨がカーテンを重くしている。まだ五時だ。ことばは秒針よりもゆっくりと、くちびると指ということばになりたいと欲望する。