谷川俊太郎『こころ』(36) | 詩はどこにあるか

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谷川俊太郎『こころ』(36)(朝日新聞出版、2013年06月30日発行)

 「シヴァ」は東日本大震災の翌月に発表される予定だったが、遅れて発表された。「事実」をことばとして受け入れる準備が、たぶんだれにもなかった。そのことを朝日新聞の担当者が配慮して、発表を見合わせたのだろう。

大地の叱責か
海の諫言か
天は無言
母なる星の厳しさに
心はおののく

文明は濁流と化し
もつれあう生と死
浮遊する言葉
もがく感情

破壊と創造の
シヴァ神は
人語では語らず
事実で教える

 地震、津波の描写よりも、いま、こうやって、大震災から間を置いて読んでみると2連目の「浮遊する言葉」が気になる。見たものをなんとかことばにしようとして、ことばになりきれていない。「浮遊」している。「浮遊」して、「シヴァ神」という「神話」(でいいのかな?)に頼っている。
 阪神大震災のあと、季村敏夫は『日々の、すみか』のなかで「出来事は遅れてあらわれた。」と書いた。出来事が出来事になるにはことばが必要だが、そのことばはすぐにはやってこない。「知らないこと」が起きたので、その「知らないこと」をどう書いていいのかわからない。
 そういう困難が谷川にもあったのだと思う。
 東日本大震災について書きたい--けれど、それが「肉体」のなかにうまく入って来ない。肉体のなかからことばが出てこない。「人語」にはならない。で、「頭」で知っていること、シヴァ神が出てきたのだと思う。

 ことばが動くには、ほんとうに時間がかかる。ことばは、遅れてやってくるしかないのだと思う。
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