ロバート・ゼメキス監督「フライト」(★★★) | 詩はどこにあるか

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監督 ロバート・ゼメキス 出演 デンゼル・ワシントン、ドン・チードル、ケリー・ライリー

 映画がはじまってすぐデンゼル・ワシントンの朝の様子と、ケリー・ライリーの様子が交互に描かれる。ケリー・ライリーの方は薬物中毒で、ドラッグをもとめて知人を訪ねていくのだが……うーん、これって見え透いた「伏線」。きっとデンゼル・ワシントンと出会い、中毒(依存症)から社会復帰をめざすんだな、と思っていると、その通りになる。まあ、最初の出会いは緊急着陸で負傷したデンゼル・ワシントンと、中毒のため死にそうになり搬送されたケリー・ライリーが病院で出会うのだけれど。
 何か、見え透いたストーリー展開がいやだなあ、と思っていたんだけれど。何度も立ち直りそうになりながら、またアルコールに溺れるが繰り返される。最初はケリー・ライリーの方が深刻なのだけれど、彼女が先に立ち直り、デンゼル・ワシントンをささえる。それが目に見えている。そのいやな印象の原因(?)ような、ケリー・ライリーが消えてから、映画がほんとうに動きだす。デンゼル・ワシントンがほんとうに演技をしはじめる。二人が出ているあいだは、薬物中毒とアルコール依存症の、どうしようもない感じの映画なのだけれど。
 ひとりでアルコール依存症を隠し、また事故が起きたときの飲酒を隠そうと、あれこれ手をまわしという、だらしない男を延々と型通りに演じたあと、いったん断酒し、けれどもついついホテルのミニバーのアルコールに手を出して。審査会を乗り切るために、ドラッグで覚醒して。という、さらにとんでもない役どころを演じたあと。
 審査会で飛行機の機体の整備ミスがはっきりしたあと、飛行機のなかでアルコールを飲んだのか飲まないのか問われ。死んだ女性アテンダントがアルコール依存症で治療を受けたことがあるというような「事実」があきらかになって。飛行機内で見つかったアルコールの空瓶、それを飲んだのはデンゼル・ワシントンではなく彼女だと言い逃れることができるように「お膳立て」がととのったところで。
 彼女はシートベルトから外れた少年を助けるために活動し、その結果死んだのだということを思い出し、アルコールを飲んだのは彼女ではなく、自分だと「告白」する。このクライマックスがなかなかいい。自分のせいではない、とデンゼル・ワシントンはいいたいのだが、かといって、そういうためにだれかに「罪」をなすりつけることができない。女性アテンダントがアルコールをのんでいたとしても飛行機の事故とは関係がないから、それは「罪」のなすりつけにならないのだけれど、「罪」のなすりつけにならないからこそ、デンゼル・ワシントンには、それができない。のんでいないという「嘘」をつくだけではなく、彼女がのんだという嘘になってしまうからだ。
 自分が嘘をつくのはいいけれど、その嘘のためにだれかに嘘を背負わせることはできない--というのは、正直なのか。あるいは、それは人間として弱いのか。あるいは強いのか。考えると、ちょっと、ややこしい。どっちでも、いい。そのとき、デンゼル・ワシントンが、何かふっきれたように透明になる。その感じがなかなかよかった。
 で、この映画--さらにいいのは、このあとケリー・ライリーが出てこないこと。セスナで外国へ逃げようと持ちかけられた翌朝、デンゼル・ワシントンに愛想をつかして出ていく。その彼女が、最後にでてきてデンゼル・ワシントンと再会し、彼をささえるというようなことをしないこと。前半のエピソードでおしまい、ということ。
 で。
 これは矛盾した言い方になるかもしれないけれど、そういう展開ができるのなら、最初からケリー・ライリーは出すべきではなかった。彼女がいることによって、デンゼル・ワシントンの抱えているアルコール依存症の問題、その生活がどんなふうに他人に影響を与え、また彼自身を複雑したかが、明確にならない。間接的になってしまう。ケリー・ライリーをとおして、デンゼル・ワシントンの「過去」が明らかになるのであって、その「過去」のなかではデンゼル・ワシントンは苦悩しない。(ように見える、ストーリーとしてそう描かれているだけに見えてしまう。)
 これがクライマックスの演技すばらしさを、なんというのだろう、弱めるというのはいいすぎだけれど、十分ささえきれない。彼女の存在なしで、離婚した妻や息子、さらには父親、祖父、同僚、あるいは近所の人との関係として丁寧に描かれていれば、デンゼル・ワシントンの「救い」ももっと強烈になったのに、と思う。
 せっかく、ほんとうのラストのラストで「和解」した(父親を受け入れた)息子がたずねてきて「お父さんは何者?」という質問をし、ああ、知っているくせに、というような明るい希望が輝く瞬間を描いているのにねえ。

 あ、前半の飛行機が不時着するまでの、スピード感ある映像は、とてもよかった、とつけくわえておく。
                        (2013年03月13日、天神東宝4)


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