監督 キャロル・リード 出演 ミア・ファロー、トポル
この映画のなかほど、ミア・ファローとトポルがロンドンの街を歩き回るシーンがおもしろい。台詞はないのだが、台詞が聞こえてくる。こころの声が聞こえてくる。その声を聞きながら、突然思ったのだが、この映画、キャロル・リードではなく、ノーラ・エフロンが撮ったら、どうなるだろう。もっとすばらしくなるのではないだろうか。
この映画が公開された当時、まだ女性の監督はいなかったかもしれない。いたかもしれないが、私は思い付かない。公開当時も、二人が歩き回るシーンだけがとても新鮮で、とても好きだったが、そのときはなぜそれが好きなのかわからなかった。いまなら、わかる。そこで描かれている「恋愛」は女の感覚なのである。
男の感覚は、ミア・ファローの夫の視線で描かれている。
その男の感覚が窮屈で、ミア・ファローは、そこから逃れるようにして街をさまよう。そしてトポルに出会う。トポルはミア・ファローの「感覚」にあわせる。追跡--ついていくというのは、自分がどうなっても気にしないで、ただ相手にまかせてついていくということなのだが、このとき女の方は追跡されながら「自由」になる。自分の歩きたいところへ歩いていけば、男はついてくる。何も言わない。そのときの「自由」。すべてをまかせられていると感じる「自由」。それを存分に味わったあとで、「ついておいで」という男の誘いにもついて行ってみる。ことばで何かを言うわけではないから、そのときも女は「自由」である。自分の感じたことを感じたままに、修正しないですむ。その修正しない形の感情・感覚・よろこびを男が見ている--その視線を感じるとき、いま感じたことがいっそう強くなる。
これは、当時の若い(?)私にはわからなかった。いま、それがほんとうにわかるかといえば、まあ、怪しいけれど、昔よりはわかる。
とはいいながら、その「わかった」感覚で言うと、キャロル・リードの映像は、まだまだ硬い。堅苦しい。ロンドンの街の「ハム通り」だの「塩通り」だのを歩くシーン。トポルが鳥の真似をしながらミア・フォローをリードしていくシーンや、トポルがミア・ファローを見失った(追跡しそこねた)と思い、そのトポルを雑踏に探すシーンなどおもしろいのだけれど、映像が、どうしても男の視線である。--というか、え、なんで、こういう映像になるの? と驚くことがない。
わかってしまうのである。
トポルはいつも何かを食べている。(これは、とても女っぽい。)そして、ミア・フォローが最初にトポルに気づくとき(気づいたと、夫に話した内容によれば……)、トポルはマカロンを食べている。そのマカロンの描き方が、男っぽい。女の描き方ではない。
ノーラ・エフロンなら、単に「トポルがマカロンを食べていた」とは言わない。(そんなふうには、描かない。)そこに「匂い」をつけくわえる。映像を乱す何かをつけくわえる。「マイケル」では「甘いバターの匂い」というものをつけくわえていた。女が、甘いバターの匂いがするという。それに対して同行した男は「匂いなんかどうでもいい」というように、女の感覚(嗅覚)を無視するシーンに、女の監督ならではの「味」があった。その描き方に、私はびっくりしてしまった。
キャロル・リードの描き方には、何か、あっと驚くものがない。
最初にトポルが登場する会計事務所。そこでマカロンを食べている。オレンジを食べる。書類を散らかす--そういう「日常」の侵入に、女の侵入(女の視線)があるのだけれど、それはまだ「理屈」(理論)のまま。何かが欠けている。男には思い付かない、やわらかい何かが欠けている。
それが、映画が進めば進むほど、あ、違う。何かが足りない、と感じるのだ。
ノーラ・エフロンの、女としかいいようのない感覚--その感覚で、この映画をリメイクすれば、ロンドンの街はもっと違ってくる。映画のなかに登場する博物館(美術館?)の絵も、ホラー映画も、「ロミオとジュリエット」も、トポルが露店で買うホットドッグのようなものも、きっと違ってくる。「ハム通り」も「塩通り」も、看板の文字をはみだして、違うものになると思う。
男の(キャロル・リードの)視線では、看板の「ハム通り」「塩通り」というような文字が象徴的だけれど、何かしら「ことば」(頭脳)で処理してしまう。
でも、女の恋愛は、ことばではないのだ。ただ、同じところにいて、同じものを見る。同じものを感じる。感じ方が違っていても、ことばにしなければ、感じは「同じものを体験した」という時間のなかで溶け合ってしまう。そのときの、ことばを超えた何か--それがキャロル・リードではとらえきれない。
ノーラ・エフロンでなければ、だめ、と私は思うのである。
でも、これはいまだから感じる感想だねえ。1970年代のはじめに、こういう映画が生まれた、キャロル・リードが、ふしぎにかわいらしい映画を撮ったということは、たいへんなことかもしれない。で、★を1個プラスしました。
(「午前十時の映画祭」29本目)
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