『旅人かへらず』のつづき。
一五九
山のくぼみに溜(たま)る木の実に
眼をくもらす人には
無常は昔の無常ならず
「くぼみ」から「くもらす」への移動。「くぼみ」の「ぼ」は「たまる」の「ま」を通って「くもらす」になる。「ば行」と「ま行」のゆらぎ。ともに唇をいったん閉じて、それから開く音。
「無常」は「むじょう」。突然、あらわれたことばのようであるけれど、「むじょう」もまた「ま行」を含む。
ここにも「音楽」がある。
一六〇
草の色
茎のまがり
岩のくずれ
かけた茶碗
心の割れ目に
つもる土のまどろみ
秋の日のかなしき
「つもる土のまどろみ」という音が美しい。「ど」と「ろ」。さて、この「ろ」はRかLか。私の場合、Rの音になる。
「つもる」の「る」はLに近づく。TとLは相性(?)がいい。
けれどもTが濁音(?)Dになったとき、ら行はLよりもRに近づく。
この行には、LとR、TとDが交錯し、口蓋、舌、歯の接触が微妙に違って、とてもたのしい。清音と濁音では声帯の響き方も違う。その変化に、私は音楽を感じる。
西脇順三郎全集〈別巻〉 (1983年) 西脇 順三郎 筑摩書房 このアイテムの詳細を見る |