『旅人かへらず』のつづき。
四八
あの頃のこと
むさし境から調布へぬける道
細長い顔
いぬたで
えのころ草
最後の2行。これは道ばたに生えていた草の名前だが、こうした草の名前(野生の名前)のなかにある「音」を西脇は大事にしている。そこに音楽を、「淋しさ」を感じている。
実際に、その草そのものについて書きたいときは、きっと、具体的に書く。ここは、ただその草の名前、その「音」が気に入って、それを楽しんでいる。
私は西脇の声を知らないし、西脇がどんな発音をしたか知らないが、最後の2行は、奇妙に私のこころをくすぐる。
新潟(西脇の故郷)では、「い」と「え」の音があいまいである。田中角栄は確か「色鉛筆」を「いろいんぴつ」という風に発音していた。(かすかな、かすかな、かすかな記憶なので、「えろえんぴつ」だったかもしれないが、ようするに、東京弁の「し」と「ひ」のように似ている。)
西脇がやはり新潟訛りを残していた、あるいは新潟の人が「いぬだて」「えのころ草」と呼ぶのを実際に聞いて、はっと気がつくことがあったとしたらなのだけれど、「いぬ」と「えの」の音はとても似ている。
また、「いぬころ草」がなまって(?、転嫁して?)「えのころ草」になってともきくけれど、もともと、「いぬ」と「えの」は音が近い。新潟県人にとっては、区別がつきにくいかもしれない。
そうしたことも、この2行が、風景の描写としてではなく、「音楽」として書かれたものであることを証明すると思う。
西脇順三郎詩集 (新潮文庫 に 3-1) 西脇 順三郎 新潮社 このアイテムの詳細を見る |