『旅人かへらず』のつづき。
二三
三寸程の土のパイプをくはえた
どら声の抒情詩人
「夕暮のやうな宝石」
と云つてラムネの玉を女にくれた
どんな音が好きか--というのは難しい問題かもしれない。たとえば、この「二三」。私は「どら声」という音が好きである。けれども、次の行の「夕暮のやうな宝石」という音はどうにもなじめない。
この4行は、私には、好きになれない4行である。
二五
「通つて来た田舎道は大分
初秋の美で染まりかけ
非常に美しかった
フォンテンブローで昼飯をたべたので
巴里に着いたのは午後になつた」
とある小説に出てゐるが、
死んだ友人にきかしたら
うれしがつて
何かうにやうにや云つたことだらうが
書き出しの3行の音と、最後の行の音がずいぶん違っている。そして、そこに違いがあることが楽しい。
6行目の読点「、」で音が転調している。この一瞬の呼吸、読点「、」の無音は、この部分では一番美しい「音」になるのかもしれない。この無音があってはじめて最終行のやわらかな音が崩れつづける感じがおもしろくなる。「が」で中途半端に終わる感じが、無音の呼吸を求めているようで、不思議に楽しい。
西脇順三郎全集〈第1巻〉 (1982年) 西脇 順三郎 筑摩書房 このアイテムの詳細を見る |