リッツォス「証言B(1966)」より(21)中井久夫訳 | 詩はどこにあるか

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屈伏   リッツォス(中井久夫訳)

彼女は窓を開けた。風がどっと彼女の髪を打った。
髪は、二羽の大きな鳥のように肩に止まった。
彼女は窓を閉めた。
二羽の鳥は卓子の上に落ちて彼女を見上げた。
彼女は二羽の間に頭を埋めて静かに泣いた。



 長い髪。センターで分けている。その女が、窓を開けて、また閉めて、テーブルにうっぷして泣く。その様子を、なぜ泣くのか、そういう説明もなく、ただ描写している。
 「鳥」の比喩が悲しい。
 彼女は、彼女のこころは鳥になって、遠くへ飛んで行きたい。恋人に会いに行きたい。恋人を追いかけて行きたい。それができずに、ただ泣くだけである。
 繰り返される「二羽」の「二」が、この悲しみ、この孤独を強調する。髪でさえ「二羽」というペアなのだ。彼女だけが、「二」(恋人と彼女)から切り離されて「一」なのである。

 繰り返されることばには、繰り返される理由がある。意味がある。