主人公小泉純一が大村の手紙を読んだあとの描写。
これ丈の文章にも、どこやら大村らしい処があると感じた純一は、独り微笑んで葉書を机の下にある、針金で編んだ書類入れに入れた。これは純一が神保町の停留場の傍で、ふいと見附けて買つたのである。
「これは純一が……」以下の文章に私は非常に惹きつけられる。単なる描写のようであって、実は単なる描写ではない。この文章がなくても、小説の構造には影響がない。登場人物の思考・精神に変化はない。いわば、「むだ」な一行である。しかし、その「むだ」にひきつけられる。「むだ」があるからこそ、主人公が本当に生きているという感じがして来る。
こうした部分にも私は「詩」を感じる。
「詩」とは手触りである。