新井啓子「声のかたち」、平田俊子「鳩尾」 | 詩はどこにあるか

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新井啓子「声のかたち」、平田俊子「鳩尾」(「かねこと」20、2021年08月12日発行)

  新井啓子「声のかたち」は、どこか南の離島をふたたび旅行したときのことを書いているのだろうか。私が暮らしている街では見かけないものを、三つのパートに分けて書いている。その最後の部分は「郵便船」で海を渡っている。

  陽がかさんで
  船長さんの背中からは
  ひゅんひゅんと
  小さな魚が飛び立って行く

  ち ぶ り   にしの し ま
  どっ さり くっ さり
  なみ の は な さ く
  キン ニャ モニャ

  目利きで
  寡黙で
  いとおしいことばたちよ
  わたしの目の前を
  ひゅんひゅんと
  行き過ぎて
  いつか
  そんなことが
  あったように
  白い光にまぎれて
  波に消える

 「いつか/そんなことが/あったように」というのは、ありふれたことばだが、この詩を確実に押さえている。新井が書いていることは「いつか/そんなことが/あったように」としか言えないことである。「ふたたび旅行したときのこと」と私は最初に書いたが、「ふふたび」が「いつか/そんなことが/あったように」のなかにある。すべては「いつか/そんなことが/あったように」なのである。初めての場所であっても、知っていることを思い出させてくれる旅。だから、新井の書いている「情景」は新しくはない。新しくないが「ふたたび」という視線に耐える強さがある。「ふたたび」を超えて、もういちど新しくあらわれてくることばの力がある。それは「白い光にまぎれて/波に消える」かもしれないが、かならず「ふたたび」「いつか/そんなことが/あったように」あらわれる。そのとき「ふたたび」は「永遠」になる。
 そういうことを感じさせてくれる。
 「ち ぶ り   にしの し ま/どっ さり くっ さり/なみ の は な さ く/キン ニャ モニャ」という一連は、波にきらめく光のようにまぶしく美しい。

 平田俊子「鳩尾」。私は平田の「ごろあわせ」(だじゃれ)のようなことばの運動が好きではない。「ごろあわせ」は、私にはただの面倒くさいことばの運動に感じられるからである。しかし、平田、新井の詩と読み進んで、新井の「いつか/そんなことが/あったように」を読んだ後、ちょっと印象がかわった。そうか、平田も「いつか/そんなことが/あったように」を書いていたのか。

  わたしのからだにも
  みぞおちはある
  鳩
  いるのか
  そこにいるのか
  尻尾のほかはどこにいった

 と書き出された詩は「祖母のみぞおちは買い物帰りに/町内の溝に落ちてしまった」とつづき、「ねらうなら相手のみぞおちだ/パンチパンチ/みぞおちパンチ/胴長の叔父は人体模型で/喧嘩のコツを教えてくれた」と動いていく。「ごろあわせ」(だじゃれ)は「いま」と「いつかどこかで」を結びつける方法だったのだ。
 平田の詩は「落ちるものは落ちる」で始まる最終連を「叔父の形見の人体模型は/まだ微かに息をしている」と閉じられる。その「微かに」を私は「いつか/そんなことが/あったように」と入れ換えて、「いつかそんなことがあったように息をしている」と「誤読」してしまうのである。

 

 

 

 

 

 

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