葬儀の話です。そして手術の話。長いよ。

 

 

 

 

 

 

叔母の火葬の日は、抜けるようないいお天気だった。

身内の、ほんの6人が集まった。

彼は、彼が幼いころ親代わりに育ててくれた叔母に別れをいう。

彼はかつて、叔母の家に引き取られて暮らしていたのだ。

それはほんの数か月だったけれど、今でも叔母の子である従弟妹たちときょうだいのようだ。

 

厳しくて怖かった叔母さん!さよなら。ありがとう。

甥とはいえ、よく俺を引き取ってくれたね。

ご飯の人参残してごめん。

学校のプリント、全部なくしてごめん。

棺の中の叔母は、おだやかで若々しく、楽しそうにも見える表情だった。

歴代の、たくさんの飼い猫たちの写真のカラーコピーは胸の上。

 

火葬場のベンチで、会葬者6人は自販機の缶コーヒーを片手に話をした。

形見と遺産分けの話題はあっさり済んだ。

 

負債は、病院の支払。アパートの最後の家賃。ちょっとした未払いの税金、公共料金。

資産は、少額の預金。古いシャネルのバッグひとつ。原付バイク。ブチの飼い猫1匹。

食器はほとんど100均だし、指輪の宝石はイミテーション。

靴はたった2足とベランダのサンダルしかなかったという。

 

皆、彼女のみごとなミニマリストぶりに驚嘆した。

会社の制服があったから、ここに来る前に会社に寄って返してきたと従妹が言った。

そりゃありがとう、お世話様、と、その兄である従弟が礼を言った。

 

彼は従弟妹と違って相続人ではないが、もしもブチ猫の貰い手がなかったら引き取ろうと思っていた。

でもそれは杞憂で、次の飼い主はすぐ決まった。

あとは愉快な思い出話だ。

 

彼はいう。

いっしょに住んでいたころ、叔母さんは俺に毎朝こづかいを70円ずつくれた。7歳だったから。

従弟は5歳だから50円。従妹は小さかったから、小遣いなし。

俺はそのかわり家事を手伝う。

だから今でも、玉葱のみじん切りが上手い。泣きながら身に着けた技術だ。

それにしてもよく70円もくれた。1か月にすれば2000円だぜ?

昔のことだから、70円は大金だった。

でも、学校のノートや散髪もその中から払う約束だったから、7歳にはやりくりが大変だった。

調子に乗って放課後に仮面ライダーソーセージなんか喰うと、あとで痛い目にあう。

 

従妹がいう。

このあと、母さんのお骨に混ざって、純金の糸が出てくるかもよ?6本!

出てきたら、ちょうど6人だし、1本ずつもらおうね。

母さん、昨年フェイスリフトをしたんだよ、知ってた?

 

従弟と彼、その他会葬者は、揃って素っ頓狂な声をあげる。

フェイスリフト!?

従妹は頷く。

そうよ。美容外科で、純金の糸をほっぺに通して、お肉を引き上げる手術をやったの。6本だってさ。

従妹は両手で自分の頬を挟み、ムニュっと上に押す。

それは叔母と同じ顔。

 

いきなり真逆なイメージの話に、従弟と彼の男子2人はビックリ仰天。

母さんも残念ねえ、せっかく施術の効果が出始めるころに亡くなるなんて間が悪いわねえ、などと従妹のおしゃべりは続く。

へえー!あの叔母さんが!美容外科でアンチエイジング!

 

若返って婚活するんだって言ってたわよ、と、なんでもないように従妹は続ける。

叔母は叔父の死以来、独身だったのだ。

へえー!それにしても婚活!

 

「へえー!」と叔母の息子である従弟と彼は、いつまでも「へえー!」「美容外科!」「婚活!」と繰り返した。芸がないが、それしか出てこない。

 

やがて火葬場の職員さんに、彼らは呼ばれた。

会葬者はザっと近寄って、目を皿のようにしてつぶさに見たが、もちろん、お骨には金の糸なんかなかった。

髪の毛のように細い糸だという。そりゃ、なくなるよ!

彼らはプッと吹き出した。へんな遺族である。

 

やがて叔母さんのお骨は、子供たちに抱かれていったんアパートに戻る。

火葬場の駐車場で叔母の骨壺の箱を撫でて、彼は従弟妹に、じゃまたな、と言って帰ってきた。

 

叔母さんからの最後の小遣いは、こうして青い空にのぼった。

髪の毛くらいの太さの、ほんの15センチかそこらの純金って、いくらくらいだろう。

70円かな。

 

 

 

 

 

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