魔天道の変奏曲をー | ひさもとみきしょうじ

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連続ブログ小説「ケータイサラリーマン橋ユキヨ」[あらすじ]東京にある架空の商社「ひさもとみきしょうじ」で新規事業の"ケータイコミック"サイトのコンテンツ営業をする橋ユキヨの明日なき戦いを描く物語?!

前にも書きましたが、私はTwitterにて「天城小百合」「魔天道ソナタ」で検索をかけて、それらに関するツイートにいいねをつける事を日課にしているのですが


突然知らない人からいいねされて、怖がられてるかも(苦笑)


ある日、確か天城小百合で見つけた


「摩天道ソナタ」魔の字が薩摩の摩になっている


単なる変換ミスなのかと思ったのですが、これが意外と多くて…何かネットスラング的な?或いは何かしら意味があるのかも


決して茶化しているわけではありません。私なんて魔天道ファンとしては新参者、にわかなので


それからはこの摩天道ソナタでも検索する様になって


そしてつい先日、さらに見つけた


「魔天導ソナタ」道の字が導きの導になっている


これも複数あって…導きは意味的に結構合ってるかも


ならばと


「摩天導ソナタ」魔と道が摩と導になっている


で検索したら、こちらもやっぱりあって


何だか象徴的だなと


魔天道ソナタという作品は当初のラブコメ風というかフィラとミカエルのワチャワチャした感じが好きな人もいれば…天城先生ご自身は連載当初の絵柄は恥ずかしいとおっしゃいますが、私は少女漫画らしい懐かしい絵柄が好きだなって思うし、或いは後半、ガイア登場からラストまでかな?話が大きくなり過ぎてついて行けなくなった、挫折したとの声はわりと多く聞きますし、絵柄についてもゴージャスになった感じが好き嫌い分かれるみたい


私はこのダイナミズムにやられたというか、ブックオフをまわって文庫本で集めた都合上、1.2巻読んだ後いきなり10巻読んだのかな、天城先生に怒られましたが(苦笑)、何でこうなった?!と後で手に入った3巻以降を読み進めて、その物語の展開と帰結に唸らされた


あとフィラとミカエルは勿論、ベルゼ…私はベルゼの自分だって葛藤を抱えているのにその苦しみも、フィラに対する想いも、その総てを内に秘めて、二人を支える事に徹するその奥ゆかしさが好きで、憧れだったりするのですが


他にもマヒトや、サタン様とミカエル様の物語、登場人物全てに物語が人生があって、だから天城先生は番外編も魅力的であって、大きな物語の一部としても単体の物語としても


それらを、彼らの物語を全て、完結へと導いた天城先生の作家力に感服する、この魔天道世界の正に至上神だなと思って


一方魔天道ソナタもそれ以外の作品も天城先生のこれまで生きてきたその生き様、或いは天城先生そのものが反映されていて、それが「あなうめ」から垣間見えたりして、なので作品だけでなく天城先生の人となりが好き、或いは救われた少年少女も多くいらっしゃる様で


魔天道ソナタはその人によって好きなところが違う、一人ひとり感じ方が違っていて、それは一人ひとりの人生が反映している、一人ひとりの心の奥底に、アイデンティティに訴えかけてくるからであって、それは天城先生の様々な想いや思い、人生が内包されているから


それが、この4つの魔天道ソナタに象徴されている気がしたのでした











そして2月1日、天城小百合先生の誕生日、しかし未だ病と苦しみの中にいらっしゃって


皆さんには皆さんの人生があって、多くの方にとって魔天道ソナタも天城先生も青春時代の思い出の1ページなのでしょうし、苦しかった人生のひとときを魔天道ソナタとの出会いが救ったとして、それが今は忘却の彼方だったとしたらそれは幸せな事なのでしょう


でも今日は、そして時々は、魔天道ソナタと天城小百合先生に想いを馳せていただけないでしょうか


それは同時に当時の自分自身を振り返る事、それは人によっては辛い事かもしれない


だから作品に感じた想いや思いと同じく、これも皆さんそれぞれのやり方で


心に思い浮かべる、ご自身のSNSで、或いは天城先生のアメブロやTwitterに


それが天城先生の祝福になります様に


お誕生日おめでとうございます。