実名小説『DAZZLING』 第82話『安らぎ』
マコトはその日…
久しぶりに感じる香ばしいトーストの焼いた香りと、タマゴを焼くフライパンの音で目覚めた。
マコトは一瞬何が起こったのか戸惑い…
そして…キッチンに立つその人影を見ると安堵の表情をみせた。
夢ではないその現実にマコトはここ何年も感じた事がないような充実感をおぼえていた…
そしてその反面…
昨夜からの一連の出来事がマコトにとってはまだ夢の中の出来事のようにも感じられていた。
『…おはよう…』
マコトの言葉にニーナは振り向くとキッチンへと続くベッドルームの方へと振り返った。
『…おはよう…今朝食作ってるから…ちょっと待ってて…
マコトさん…冷蔵庫の中…ビール以外ほとんど何もなかったわ…
あるものだけで悪いけど…我慢してね…
それから…着るものがなくて…マコトさんのシャツ借りたわ…』
ニーナの言葉にマコトはワイシャツの裾から見えるすらりと伸びた綺麗な足を見ながら笑顔で答えた。
『…うん…君がいなくなってから…
ここで食事らしい食事をとる事なんてほとんどなかったから…』
『…ほんと…そんな感じ…
それと…私の部屋…そのままにしてくれていたのね…』
『…当たり前だろ…ずっと帰ってくるって信じてたんだ…
でももう待ちくたびれすぎて…明日には片付けようと思ってたとこだよ…』
マコトの言葉にニーナはいたずらっぽい笑顔を見せると、カップにコーヒーを注ぎながら答えた。
『…ギリギリセーフって事?…』
『…そういう事!…』
『…私…小さい頃から何やっても…ギリギリ合格だったから…
そういうの慣れてるわ…
はい…朝食出来たわよ…顔洗ってきて…』
ニーナの言葉にマコトはベッドから飛び起きると洗面所へと向かった。
何年もの間待ちわびたこの何気ない会話に、マコトは目がしらが熱くなっていることを感じていた。
マコトは赤くなった目を悟られまいとメガネをかけ食卓に座った。
『…マコトさん…私ね…』
ニーナの言葉を遮るようにマコトは言葉を発した。
『…いいよ、いいよ…もう謝ったりしないで…
俺は何も怒ったりしていない…
それより…それより全ての事がわかってとっても晴れやかな気分なんだ…
君もこうして帰ってきてくれた…
過ぎた事なんてもうどうでもいいんだよ…
これから…これからを考えていこう…』
マコトの言葉にニーナは微笑むと黙ってコーヒーを口にした。
『…ところで…これからどうする?…
俺としては…しばらくゆっくりしてくれててかまわないよ…』
『…ありがとう…でも私も何か仕事をしないとって思ってる…
ついこの間、母の事やレイの事でスペインに行ってお墓の事とか全てしてきたわ…
かつて家族で暮らしていたお家の事も…全て整理してきた…
今までは母が残してくれたもので何とか生活してきたけど…
これからは一人で自立していかないとって思ってたところ…』
ニーナの言葉にマコトは笑顔で答えた。
『…じゃあさ…お店でもやろうよ…
君は英語やスペイン語…語学が堪能だし…
英会話バーとかってどう?…飲み屋留学とかって…絶対流行るよ…』
マコトの言葉にニーナは思わず吹き出した。
『…そんなの無理よ…流行るわけない…
みんな飲みに来る時って…心を解放したくて来るのよ…
語学の勉強なんてしたら…悪酔いするだけよ…
何でもくっつければいいってもんじゃないわ…』
『…そうかなぁ…結構イケると思ったんだけどなぁ…』
がっかりするマコトの様子にニーナは笑顔で答えた。
『…大丈夫…私なんでもするわ…選ばなければ仕事なんてなんでもあるわ…』
『…そうだな…ちょうど俺…一生介護してくれる人探してたし…
君を雇おうかなぁ…』
『…あら…それだけはごめんだわ…
私まだこれから素敵な人と出会って恋をする予定だから…』
マコトはその言葉に笑顔で返した。
何げない軽口にマコトは本当の幸せを感じていた。
『…ところで…今日は俺…オリビアの所へ行こうと思うんだ…
できれば君も一緒にきてくれないか…』
マコトの言葉にニーナは首を横に振った。
『…いいえ…私はオリビアとはずっと会ってたから…
それにここにまたおいてもらうんなら…色々準備もあるでしょ…
マコトさん…申し訳ないけど今日は一人でいって…』
『…そうか…
今日はクリスマスだから夕方までには帰ってくるよ…
おいしいシャンパンでも買ってくる…二人でお祝いしようよ…』
マコトの言葉にニーナは笑顔で答えた。
『…じゃあ私は何かお料理作るわ…チキンもいるわね…』
『…OK! 絶対早く帰ってくる…準備しといてね!』
マコトの心はこの何年も感じた事がないくらいに満たされていた。
『…うん…わかった…』
そう呟くとニーナはトーストにかぶりつくマコトの姿を何も言わず…ずっとずっと見つめていた…。
実名小説『DAZZLING』 第81話『クリスマス・イヴ』
【…明日12月24日PM20:00 川口西口公園に取りに行って…】
マコトは店から自分の携帯へと転送したオリビアからのそのメールを眺めながら、駅へと続くエスカレーターを上っていた。
『…まったくオリビアは…何にも言ってくれないんだからなぁ…』
ぶつぶつと独り言を言うと、マコトはダウンジャケットのポケットに両手をつっこんだ。
マコトにとって川口の西口公園は特別な場所だった。
自宅マンションのすぐ近くという事もあり、かつてニーナと過ごした幸せだった日々を思い起こさせる物や景色がたくさんあった。
だからこそマコトはこの何年もの間、心の痛みから逃げるように、近くは通っても決して足を踏み入れる事はしなかった。
特に今日はクリスマスイヴという事もあり…毎年恒例のイルミネーションが公園を彩っている事は容易に想像ができた。
マコトはニットの帽子を目深にかぶると、歩きながらいつだったかヒトシが言っていたことを思い出した。
『今年の西口公園のイルミネーションのテーマって【希望の光】なんですよ…
まさにゴールデンゲートですよ…
マコトさん、一度見に行った方がいいんじゃないですか…』
マコトはその言葉を思い出し少しだけ自嘲気味に笑った。
程なくマコトの視界にキラキラと煌めく西口公園のイルミネーションが見えてきた。
クリスマスイヴということもあり、そこここにカップルの姿が目立つ。
マコトはカップル達を眺めながら奥へ奥へと進んでいった。
公園の奥には確か6本の大きなケヤキがある…
マコトはそのケヤキを遠くから見つめながらある事を想いだしていた。
『…ねぇ、マコトさん…私このケヤキ大好きなの…
特にこの2本のケヤキ…
背の高さがちょうど私達と同じ位の差でしょ…
こっちの大きいのがマコトさん…
それでこっちの少しだけ低いのが私…
私のケヤキが少しだけマコトさんの方に寄り添ってるように見えるでしょ…
このケヤキみたいに…
ずっとずっと私もマコトさんに寄り添っていたいなぁ…駄目?…』
そう言って悪戯っぽく笑うニーナの顔をマコトは昨日の事のように覚えていた。
そんな心をしめつけるたくさんのニーナとの想い出は、肌を切り裂くような冷気と共にマコトの視界を滲ませはじめていた。
それでもマコトは何かに引き寄せられるかのように、そのケヤキの方へと近づいていった。
そして懐かしくもあり苦しくもあるそのケヤキは、今も優しくマコトをその場所で見下ろしていた。
その時……
滲んだマコトの視界に幻が映った…いや…
幻と言うにはあまりにもリアルにその人影はマコトの視界の全てを覆い尽くし…
マコトは一瞬言葉を発することさえ出来なくなった…
しかし次の瞬間…
マコトは心の底から湧き上がる懐かしさ…優しさ…安らぎ…そんな全ての温かい感情に包まれ…
これが現実なのか夢なのか…わからずにいた…。
『…ニ…ニーナ…』
小さく呟いた言葉の先には涙を抑えた悲しい目をしたニーナが立っていた。
マコトは吸い寄せられるようにニーナの前に立った。
涙を溜めたその大きな瞳は全ての力でマコトを見つめているように見えた。
『…マコトさん…私…私…ごめんなさい…あなたを…あなたを…騙して…』
マコトはそこまで言ったニーナをありったけの力で抱きしめた…何度も何度も何度も……。
どれだけの時間が経ったのだろう…
マコトは夢と現実の狭間の中、真っ白になった頭の中でニーナの温もりを感じ始めていた…
やがて徐々に現実へともどったマコトは体を離しニーナの顔を見つめた。
『…マコトさん…私…』
何か言おうとしたニーナの唇を遮るかのように…
マコトは自分の唇をそこに重ねた…。
信じていれば想いは必ず届く…
ケビンのくれたあの日の言葉が、マコトの心をこれ以上ないぐらいに締め付けていた…。
通りすがりの誰かが二人のシルエットに声をかけていった…。
『Merry Christmas & I Wish you every happines…』
マコトはオリビアがくれたこの最高の贈り物を一生離さない…
そしてずっとずっと大切にしていこうと心に固く誓っていた…。
実名小説『DAZZLING』 第80話『風…』
『…今年ももう終わりかぁ…』
マコトは改札を抜けると、クリスマスネオンに包まれた川口の街を師走を急ぐ人波の中、ショックオンへと向かっていた。
すれ違うカップル達が幸せそうに肩を寄せ合って歩いていく姿をマコトは幸せな気持ちで見つめていた。
『…ニーナが生きている…』
この事だけで、たとえ会えなくともマコトの心は晴れやかだった。
ケネスの手紙を読んでからちょうど一か月が経とうとしていたが、オリビアからもニーナからも連絡はなかった。
ただマコトにとってあの日ケビンがくれた言葉…
信じていれば想いは届く…
その言葉がいつしか確信に変わっている事を感じていた。
マコトはデパートの中からクリスマスの包装紙に包まれたプレゼントを大事そうに抱える笑顔の恋人達を横目で見ながら、目の前のエスカレーターを降りて行こうとした…
その時…
バイブにしていた携帯が鳴っている事に気付いた。
ポケットから取り出した携帯を翳すとマコトの目に非通知設定の文字が写った。
マコトは首をかしげながらもその携帯の通話ボタンを押した。
『…もしもし…佐々木です…』
『…ラック…ラックなの?』
その声にマコトは込み上げてくる遠い故郷の温かいぬくもりを感じた。
『…オ…オリビア…オリビア?』
『…ラック…ラック…そう…そうよ…私…オリビアよ…』
マコトはエスカレーターを降りると急いで人の流れの外に立った。
『…なんて…なんて言っていいか…ラック…本当にごめんね…ごめんね…』
マコトは涙声で話すオリビアに答える事さえ出来ず、ただそこにたたずんでいた。
『…俺…俺の方こそ…長い間…連絡も取らずに…
謝るのは俺のほうだよ…本当に…本当にごめん…』
『…ラック…全て終わったの…まずあなたに伝えたくて…』
『…オリビア…よかった…本当によかった…
ケネスから手紙をもらった…すべてわかってる…』
マコトはそう話すと右手の甲で溢れ出る涙を拭った。
『…そう…やっぱりそれが運命だったのね…
ケネスは全てをあなたに打ち明けるべきか悩んでたわ…
だから…だからあなたの運命に任せる事にした…
そう言ってたわ……
そう…すべて読んだのね…』
『…ああ…オリビア…だからもう心配しなくていい…
俺は全てを受け入れた…
不思議と暖かい気持ちなんだ…』
マコトは久しぶりに聞くオリビアの暖かい声に促され、舞い上がるように自分の近況や仕事の事そして夢までをも…まるで子供が母親に自慢するかのように話して聞かせた。
どれくらいの時間が経ったろう…マコトはふと夢から醒めたように現実に戻った。
『あれ?…俺…自分の話ばかりで…ゴメン…
ところで今…今どこにいるの?』
マコトの問いかけにオリビアは嬉しそうに答えた。
『…大丈夫よ…ラック…あなたの話なら…いつまででも聞いていたいわ…
私今ね…ゴールデン・ゲート…お店…ケビンと一緒よ…
さっき…ついさっき戻ってきたの…
そしたら何よりも先にあなたに…あなたに電話しろって…』
『…ケビンさん……
オリビア…俺ねオリビアのいない間ケビンさんに…
ケビンさんの言葉に本当に助けられてきたんだ…
これから会いにいっていい?…
ここからなら…2時間で行ける…3人で祝杯をあげよう…』
マコトの言葉にオリビアはちょっと笑うと意地悪な言葉を返した。
『…ラック…あなたいくつになった?…
まだまだ女心がわかってないようだけど…大丈夫?…
私もあなたに今すぐにでも会いたいわ…
ただ私さっき…
ついさっき帰ってきたばっかりだって言ったでしょ…
私とケビン…何年振りだと思ってるの?…
一晩くらい邪魔しないのがエチケットじゃない?…
ラック…心配しなくても私はもうどこへも行かないわ…』
オリビアの言葉にマコトは頭を下げた。
『…ごめん…オリビア…そう…そうだよなぁ…
俺って…まだまだ子供かもしれない…
ごめん…じゃあ…明日…明日にするよ…』
『…明日?…
明日って…クリスマス・イヴよ…
ラック…クリスマス・イヴは恋人と過ごす日よ…
あなたの行くところは他にあるんじゃないの?…』
オリビアの言葉にマコトは首を降った。
『…オリビア…俺には残念ながら恋人なんていないんだ…
でもあなたたちの邪魔はしたくないし…
じゃあ…明後日…明後日ならいいだろ…』
『…そうねぇ…その頃なら…
ケビンとの久しぶりの再会も飽きる頃かもね…』
『…じゃあ決まりだ!…明後日…明後日会いに行くよ…』
マコトの言葉にオリビアは微笑むと言葉を続けた。
『…うん…待ってるわ…ただし…無理して来なくてもいいからね…
来れたらってことで…』
『なんだそれ…何か冷たくない?』
『あら…失礼ね…それが久しぶりに会ったお姉さんに言う言葉?…
まあいいわ…それと…さっきあなたのお店にメール送っといたわ…
私からのクリスマスプレゼント…
きっと気に入ってくれると思うわ…じゃあ明後日待ってるわ…』
そう告げるとオリビアは電話を切った。
肌を切るような師走の風も、マコトにとって今だけはやけに暖かく感じられた…。
実名小説『DAZZLING』 第79話『過去からの手紙②』
【ラック…君は生き残った…
しかし私は奴らと敵対するマフィアの身だ…
私の傍に君を置いておけばいつ危険が及ぶかわからない…
その時点で私は君を救う為に2人の人間を殺している…
奴らの組織もすぐに私の仕業だと気づき追いかけてくるだろう…
私はボスに全ての事を打ち明けた…
私のボスはすぐに身代わりを出頭させ、この事件にひとつの区切りをつけようとした…
こちらも一人部下を失っている…
そして手を出してきたのは向こうからだ…
痛み分けは十分成立する…
私はそうして組織に守られた…
だが、いつまでも君を私の傍に置いておくわけにはいかない…
警察も動いている…
私はこの事件のケリがつくまでの間、身を隠す事もあり君を連れてアメリカへと渡った。
そしてオリビアの暮らすグループホームへと向かった。
グループホームの神父はオリビアの事で凄く心を砕いてくれた人だ…
今回も必ず助けてくれる…そう思ったんだ。
そしてマイクロフィルムを自分の手帳の皮の表紙の中に隠し…
そして手帳と共に君を教会へと置いてきたんだ…
そしてその時、後でその手帳とわかるように1枚だけページを破り自分のポケットに入れた。
後から気づいた事だが彼といつか家族を連れて行こうと約束した、君の母親の故郷である『GO TO JAPAN』の文字のページだった。
あの手帳は私が君の父との友情の証として君の父からプレゼントされたものだ…
私はチェロキー語を君の父に教えていた…
そして彼は日本語を私に教えてくれた…
君のお母さんの母国語だ…
なぜなら当時のスペインでは国交のあった日本語はともかくチェロキー語をわかる人間など皆無だった…
反目する組織にいた私たちにとっては暗号のようなものだったんだ…
そして君の父は酒の好きな人だった…
グレープ・ウォッカ・フロス…
よく私にも作ってくれたんだ…
君の店でいただいたグレープ・ウオッカ・フロス…
最高に美味しかった…
まるでそこに林天がいるように思えた…
ラック…本当に本当にありがとう…
それから…ラック…
君を教会へと預ける時、神父には事情は何も伝えてはいない…
もし真実を知れば彼にも危険が及ぶ可能性があった…
だからこの子は不幸な生い立ちを持った子なんです…
どうか、どうか大事に育ててあげてほしいと…
そう言っただけだ…
神父は黙って君の寝顔を見ると優しく頷いてくれていた…】
マコトはそこまで読むと止まらない涙を右手で拭った。
『佐々木さん…大丈夫ですか…』
幸村の言葉を右手で遮るとマコトは手紙を読み進めた。
【その後私はスペインに戻った…
時期を見てグループホームへ舞いもどりマイクロフィルムを手に入れ、検察に告発するつもりだった…
しかし事はそんな単純なものではなかった…
政府の人間までもが奴らに買収されていることに気付いたんだ…
このままマイクロフィルムを渡してもみすみす揉み消されると思った私は時期が来るのを待った…
そしてニーナが生まれ、レベリアーノが生まれ私にも人並の幸せが訪れてはいた…
しかし私は決して林天の想いを忘れたことはなかった…
だが私はやり過ぎた…
ある時、組織を守る為、全ての罪を着せられ檻の中へと入れられたんだ…
長い服役生活の中ニーナもレイも大きくなった…
私の妻はそんな中でかつて命を救ってくれた林天の事、そして一連の出来事を子供達に話していたようだ…
そしていつしか私の想いは子供達にも受け継がれていた…
ラック、本当にすまない…
ニーナやレベリアーノが君に近づいていった事を私は後から聞いた…
そして君の手帳からマイクロフィルムを取り出したのは他でもないニーナだ…
奴らはハイエナのようにマイクロフィルムの存在を覚えていてあらゆる手を使ってそれを探していた…
その内容は現在まで私にもわかってはいなかった。
もし当時の犯罪に関するものだけであればほとんどの罪は時効をむかえている。
奴らが血眼になって探すほどのものではない…
だから何十年も探し続けるだけの秘密がそこにはあるはずだ。
私はそう思っていた…
その内容は今君には伝えられないが、このマイクロフィルムの為に私の妻はもちろん、レベリアーノまで殺された…
オリビアにも危険が及んでしまった…
私は出所後すぐにマイクロフィルムを持つニーナに会うため日本へとやってきた。
ラック…話は全てニーナから聞いた…
本当にすまなかった…
ニーナは君を本当に愛してしまったんだな…
もっと早くに君に自分が君に近づいた目的を話せばよかったと悔やんでいた…
ただそれは君をも傷つける事になったろう…
だから黙って去る事を選び…
死んだ事にし自分を忘れてほしいと思ったんだ…
父親として何もできなかった私だが…
最後に私からも君に伝えたい…
自分勝手な言い分なのはわかっている…
ただ本当に娘をニーナを許してやってほしい…
ニーナをこんな風にしてしまったのは全て私のせいなんだ…
あの頃と違い今はスペイン当局も黒い噂はなくなった…
私は全ての事に終止符を打つ為、これからスペインへと発つ…
ニーナからマイクロフィルムは預かった…
何年かかるかわからないが…
今なら君の父親の想いを遂げられるはずだ…
それからオリビアだが日本にいる…
この事で君に迷惑をかけない為にほとぼりが冷めるまで身を隠すように言ってある…
君がこの手紙を読む頃には全てが終わっている事を祈ってる…
それとラック…君は奇跡を信じるかい?…
私は君の事を聞いて本当の奇跡を見たような思いだ…
君の本当の名前…
本当の名前は…林誠…
君の母親が君につけた名前は…
誠…日本語では嘘偽りのない真実を意味する言葉だそうだね…
今の君の名をつけたのは誰なんだい?…
ただ…君の両親が天国からその人にその名前をつけさせたのだろう…
そうとしか思えない…
君は決して孤独じゃなかったんだ…
いつもいつも君は君の両親から守られていたんだ…
だからこそ最後に君に言っておきたい…
君の両親は素晴らしい人達だった…
そして君も立派に成長してくれた…
グレープ・ウォッカ・フロス…最高に美味しかった…
本当に本当にありがとう…God Bless You…】
マコトは手紙を読み終えると膝を突き声を殺して泣いた。
幸村はその様子を見ると黙って店外へと消えた…
冷たいエレベーターホールの床が歪んで見えた…。
実名小説『DAZZLING』 第78話『過去からの手紙①』
【…DEAR, LUCK …
君がこの手紙を読んでくれるのはいつなのだろうか…
すべてが終わった後なのか…
それとも途中なのか…
永遠に読む事はないのか…
もしそうであればそれも運命だと思ってほしい…
知らない方が幸せな過去もある。
私の名はケネス…ニーナとレベリアーノの父、そしてオリビアの兄だ…
私の事は少しは聞き及んでるかもしれない…
こんな手紙を急に読ませている無礼、そしてこんな形でしか話せない無礼、本当に許してほしい…
ただ君にはきちんと伝えておかなければならない事があるんだ…
いや、この手紙を読むことが永遠になければ、それは伝えなくてもよい事なのかもしれない…
何から書けばいいんだろう…
実は私は遠い昔、君に会っているんだ…
君はきっと覚えてはいないだろう…
私が会っていた君はまだ乳飲み子だった…
当時私はスペインでは最も大きいマフィア組織に属していた…
元々アメリカ人であった私だが、私がいたアメリカのマフィア組織と友好関係を築いていたその組織のトップに気に入られ、若くして幹部として迎えられたんだ…
君にはこんな生き方理解はできないだろう…
しかし幼くして両親を失った私には生きる為に…
そして幼かった妹を守るためにはそんな生き方をするしかなかったんだ…
ただ危険と背中合わせの私の傍に幼い妹を置いておくことは出来ない…
だから幼かったオリビアをグループホームに預け、そして私はその世界でのしあがり、いつの日か彼女を迎えにいこうと決めていたんだ…
それが私の生きる意味でもあった。
妬み、憎しみ、恨み…この世界にはそんな負の感情が蠢いている。
時には孤独に押しつぶされそうになる事もあった。
ただ、そんな毎日を過ごしている中で、こんな私にも心を許せる友が一人だけいた…
その男の名は林天…中国国籍の男…
そしてラック…その男こそが…君の父親だ…】
マコトはそこまで読むとあまりの事に目を閉じた。
そして恐る恐る二枚目の手紙を目で追い始めた。
【林天は正義感の強い男だった…
彼との出会いはまだ君が生まれる前…ある事件がきっかけだった。
実は私は愛する人…
後のニーナ達の母親を林天に救ってもらったんだ…
スペインのリゾート地コスタ・デル・ソルの中心地にマラガという街がある…
ピカソを生んだ街だ…
私はそこへ彼女を伴い少しばかりの仕事を伴った束の間の旅行へ出かけていた…
そして私が仕事でホテルを離れていたその時、敵対するマフィアの手にかかり彼女が襲われそうになったんだ…
そしてその時体を張って彼女を守ってくれたのが…
たまたま所用で同じホテルに滞在していた君の父親…林天だったんだ…
それ以来私と林天は急速に親しくなり友好を深めていった…
ただ…初めは知らなかったんだ彼の素性を…
彼も同じだったろう…
当時のマフィア組織は会社経営という傘の下、経済活動をしながら暗躍する事が多かった為…
よっぽどの事がない限り外からはマフィアとは気づかれない…
それは中国人でも同じだった…
林天もマドリッドの中国人社会の中で貿易会社の社長をしていた…
それが運命の悪戯なのか…ある裏取引の現場に林天が現れたんだ。
私は愕然とした…彼も同様だったに違いない…
そう林天はチャニーズマフィアだったんだ…
そしてその後我々の組織とチャイニーズマフィアはある事件をきっかけに敵対することとなる…】
マコトはそこまで読み終えると幸村に問いかけた。
『…この人…この胸像を預けてきた人は…どんな人だった…』
『…はい…品のある初老の紳士という印象の方でした…
見た目は外国の方でしたが、日本語も堪能で…
前にもお話しましたが…
グレープ・ウォッカ・フロスを懐かしそうにお飲みになられてました…
そして腕にはインディアンのタトゥが…』
そこまで聞くとマコトは目を閉じ、天を仰いだ…そして手紙の続きを読み進めていった。
【当時君の父林天は、彼等の組織のあまりに強引なやり方に事あるごとに反発していた…
だから部下にも人望がある君の父の事をトップは黙認しながらも疎ましく思っていたようだ…
そんなある日私は彼に呼び出され組織を抜ける相談をされた…
彼等が組織を抜けるという事はそれは死を意味する…
ただ正義感の強い彼は自分の死と腐りきった組織とを相討ちにし、自分の目をかけた部下に組織の再生を託すつもりだった…
そしてその後見を我々の組織にと考えていたんだ。
私はそんな危険な行為を黙って見過ごすわけにはいかなかった…
何度も思いとどまるよう忠告した…
しかし…その日は訪れてしまった…
彼は死んだ…
組織の不正の実態を克明に記録したマイクロフィルムだけを残して…
マイクロフィルムの存在は当初組織にも知れてはいなかったはずだ…
ただその後わかった事だが、彼の部下に裏切り者が潜んでいたんだ…
私は彼の死の翌日、彼の恋人…
君の母親からそのマイクロフィルムを託された…
その夜君の母親は生まれたばかりの君を連れて自分の故郷…
日本へ帰ると言っていた…
私は念のため彼女と君を組織の目を潜り抜けさせる為、部下に出発港まで送っていかせた…
すまない…ラック…
その時私が行っていればこんな事にはならなかったのかもしれない…
マイクロフィルムの存在に気付いた奴らは君の母を探しはじめていた…
私は何か強い胸騒ぎを感じ、車を港へと走らせた…
遅かったんだ…
私がそこに着いた時には車の中には君の母と私の部下が今まさに撃たれようとしていた…
私は必死に引き金を引き彼女達を守ろうとした…
奴らをなんとか仕留め車の中を覗きこんだ時…
そこには君の母と私の部下の変わり果てた姿があった…
そして君を必死で守ろうとし背中を向けていた彼女の腕の中には泣きじゃくる君の姿があった…】
マコトは言葉にできない嗚咽とともに、さらに手紙を読み進めていった…。




