突然出てきたナニワの天才主婦漫画家!!多田由美先生のお日様なんか出なくてもかまわない | きたがわ翔のブログ

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とにかく私は焦っていました.....

 

週刊連載を始めて数ヶ月過ぎた頃でしょうか?ぼちぼち自分が描こうとするストーリーに対し画力が追いつかなくなっていることを痛切に感じていたからです。ひらたく言えば自分の絵の下手さにものすごく焦っていたのです。ここでなんとか一皮剥けなければきっと漫画家として生き残れないっ!!どうしよう!?

 

ところで....

 

漫画を描いたことがない方々が漫画家の絵の上手い下手を判断する場合、主にキャラクターの顔、背景の描き込み、仕上げの美しさなどを見ているのではないでしょうか。

 

しかし当時私が欲しかった画力の最たる部分は多角的で斬新なカメラワーク(構図)と立体的な人物の動き、そしてそれを描きこなせるだけのデッサン力でした。しかし画力がない上にこれといったしっくりくるお手本がないためどう描けば良いのかがわからない.....

 

 

70年代から80年代前半にかけて少女漫画のコマ割りは萩尾望都先生に習って非常に重層的で複雑になっており、しかも萩尾先生のようなスーパー画力がなくとも凝ったコマ割りをするだけで、たとえ人物が正面ばかりでなおかつバストアップの連続であったとしてもそれほど平板に陥らずに済んだのです。こういった素人目くらましの手法(おいおい!!)にデビュー当時の私も頼っていたような気がします。それは.....単純に絵が下手だったから。

 

しかしその頃大友克洋先生や高野文子先生が実践していた、基準枠線にしっかりと収まった竹を割ったような禁欲的なコマ割りをしつつも様々な視点から凝ったカメラワークで絵を入れてゆく、いわゆる映画的で大人っぽくてクールな手法というものが玄人受けする漫画家の間からじわじわ流行り始めていたのです!!クソミーハーな私はその空気をな〜んとなく感じ取っていて、少女漫画畑出身特有の凝ったコマ割りをすればするほど、

 

な....なんだか幼稚な画面になってしまうなあ....

 

と思ってしまいますます気が滅入っていたのでした。

 

しかしまあ、それはその時代の空気であり、今では漫画らしい重層的なコマ割りがむしろ素晴らしいと感じますけどね。

 

 

そんな中ある日ふと漫画専門誌をパラパラめくっていた時に、新人漫画家さんのとても印象的な絵が目に入りました。下がその時のカット。

 

 

シンプルな線だけど彫刻のように立体的な人物、肩に置いた手の描写や傾いた顔のどこかバタ臭いポーズ。

その時私は無意識に多田由美という漫画家の名前をチェックしていました。これがまさか運命的な出会いになるとも知らずに。

それから暫くして彼女の初めてのコミックス、お日様なんか出なくてもかまわないをペンネームを見てあ、あの人だ、と購入し、ページをめくった瞬間ドカンとカミナリに打たれたかのようなすごい衝撃を受けたのです!!うわわわわっ、何これ!?

 

 

 

ああもうあの当時私がどれだけ多田先生のクールな絵にあこがれ、そして影響を受けたことか!!

 

 

多田先生の描かれるキャラはみな外人だし、そんなに人物とか似てないじゃん、と思う方、違うのですよ!!私が影響受けたのは絵柄以外の部分であります。

 

構図、デッサン力、ポーズの多彩な表現など、当時私が一番欲しかった絵のテクニックを多田先生は新人でありながら(ここ重要)すべてお持ちになっておられたのですよ!!しかも完璧に私の御眼鏡に叶うすばらしい解釈の仕方で!!(ここも重要)

 

 

まず俯瞰もアオリも自在なそのカメラワークについて。これを学びたければ別に大友先生や高野先生がいらっしゃるだろう!!と考える方も多いと思いますが、そこもまたちょっと違うのです。

少女漫画デビューの私は青年誌に移ってからもキャラクターの頭身は八頭身くらいありました。縦に長いキャラクターを上からの俯瞰で描いた場合、上手に描かないとすごく短足でダサい人物に見えてしまうのです。そもそも大友先生や高野先生はそれほど頭身が長くないために俯瞰で足が短足に見えてもそれほど違和感はなかったわけです。

 

高野文子先生、田辺のつるより。

 

 

ああ....頭身が長いと、俯瞰で人物はカッコよく描けないんだなあ....

 

ところが多田先生のキャラクターは私の絵よりもさらに頭身が長くてスレンダーなのに、人物が俯瞰で描かれていても実にかっこいいのです!!全く違和感がない。何で!?

 

今ならわかります。単純にデッサン力の問題です。あううう!!

 

 

そして当時伝説にまでなっていた多田アオリ(なにそれ)

 

昔から漫画でアオリ(下から見た)人物を描くと鼻の穴がブタのようになってしまい、かっこよく描くのは不可能かもと思われていました。しかし多田先生はアオリの人物もかっこよく、しかも非常に個性的な味があったのです。

 

この立体的な頭部の描写。

眉の端っこと目じりがつながっているところに注目。

 

 

 

この最後のコマのアングルの斬新さときたら。

 

このコマと下のコマ、当時衝撃を受けました。ふつうこう言ったかなり低い視点で描く場合は人物を腰のあたりで切ってしまう場合がほとんどなのですが、わざわざ地面まで描いている!!こんな構図は当時多田先生以外で描いてる人はいませんでした。

 

こちらもしかり。

 

これははっきりいって天才的な画力とセンスがなければ到達しえないレベルであります!!そして多田先生の絵は少女漫画でも青年漫画でもない、まさしく多田由美タッチとしか言えないオンリーワンな絵柄でした。

 

なにより驚いたのは、当時の多田先生はなんと二人の小さなお子さんを持つ関西在住の主婦だったということ.....子供にうまいもん食わせてあげたくて、外に出なくても家で描いてお金になる漫画を何となく描いてみたらデビューできた.....ってなんだそりゃ!?

 

そ....そんな方が、しかも初めての単行本で、ど....どうしてそんな突然変異的完成度の高い絵を描くことが出来たのだろう!?

 

簡単です。才能の問題です。あううう!!

 

多田先生は恐らく幼少の頃から人や背景の形を正確に見る目、つまり漫画から学んだものとは全く違う天性のデッサン力を持っていらした方ではないかと思うのです。絶対学校の図画の成績とかよかった人じゃないだろうか?いや、そうに決まってる!!(憶測ではなく断言)

 

 

その頃萩原一至先生の家に遊びに行った時、彼から今注目してる漫画家って誰?と訊かれて多田由美さん、と答えたら、あ、俺も俺も!!机の横の手の届くところにいつも置いてる!!と返事が返ってきて意気投合したことがありました。

絵柄は違えど彼女の絵の斬新さに当時最先端の絵描きはみな注目していたようなのです。

そういえば上條淳士先生も多田先生のこのコミックス収録のルビーチューズディという作品のかっこよさにむちゃくちゃ惚れ込んだって言われてましたっけ。

 

絵のことばかり書いていますが、ストーリーはすべて外国が舞台のアメリカンニューシネマ風。

書き文字、集中線、キャラクターのモノローグを一切排除したスタイルも斬新で実際かなり切ないお話を描いているにもかかわらず感傷的になりすぎず、あくまでクールでカッコよく、まさしく映画としか言いようのないスタイル.....

 

 

ええ、私もそれはそれはもうやばいくらいに研究しましたとも!!(白状)

 

ついつい枕元に置いて、しばらくの間毎日寝る前に一時間くらい眺めるのが日課になってしまったため、似たポーズや構図が無意識に自分の作品に出てくるようになってしまい.....

そんなわけで多田先生には当時少なからずご迷惑をかけてしまいました。本当に本当に申し訳ありませんでした:;(∩´﹏`∩);:

 

当時影響受けまくっていた直後の私の絵は今見ると俯瞰やアオリをやたら多用しすぎており、それに加えて私の和な人物にそぐわないオーバーアクトなキャラのポーズと、なんとゆーかつくづく無い物ねだり感にあふれておりますです

 

しかし私はそのチャレンジによって(?)のちに絵がこなれてきた頃少女漫画タッチの平坦な絵から少しだけ抜け出すことができたような気がします。本当に感謝です!!

 

 

 

閑話休題

 

 

 

私が多田先生の絵作りから学んだことは本当に色々あるのですが、何よりすごいと感じたのはストーリーの進行と同時にキャラクターに非常に細やかな演技をさせているところ。その演出のすばらしさ。

 

私的に今見てもため息の出るキッズ・アー・オールライトのこの4ページの演出を見てください。

少し歪ませたようなパースの部屋の描写から始まり、窓辺の暖房器具に腰を下ろしてる男とソファで仰向けになっている男。

窓辺の男が立ち上がりギターを弾くポーズをする。ソファの男が起き上がる。ギターを持った男が二段ベッドの上に

ギターを置こうとする.....

 

はしご越しに二人の会話、はしごに頭を持たれかける男(このコマ好き!!)ソファにいた男が起き上がって歩き出し、

テーブルの飲み物に手をつける.....

たった4ページでこれだけの演技をこんな多様なアングルで表現できた漫画家が当時いたでしょうか??

 

そして最も好きなのがこの作品のラストページの演出。

その昔ちょっとした行き違いから疎遠になった友人から電話をもらう現在の主人公。

彼はずっと友人のその後が気になっていたのでした。

バスルームに電話を持ち込み話すシーンの繊細な描写。

 

電話を切り、前かがみになった主人公を俯瞰で小さく捉えるラストシーン。

う〜ん、たまらん!!!!

 

 

他にも私が凄いと感じるコマを幾つか。

デビュー作ウォーレンの娘より。最初のページ。

一コマ目、こんな難しいアングルからの寝姿をデビュー作で描けるって何!?

 

扉の中から描き、暗いその隙間から光が差すところから始まるこのセンス。一コマ一コマ、多角的なアングルとポーズで見せるこの描写力の確かさ。

 

こういった二人が組み合わさったポーズで片方の顔が少し煽ってる感じとか色っぽくで好きなんです!!

 

 

 

さてさて、当時まったく新しかった多田先生の絵作りは一体どこからきていたのか?

私が唯一感じるのは漫画家ではなく、画家のアルフォンス・ミュシャではないかと思っております。

 

 

フォルムは多田先生よりふくよかですが、伏し目がちの表情や布のシワの描き方など初期の絵にどことなく類似点があります。このシワの描き方には憧れたなあ。

 

シワの描き方もそうですが、ベッドをこんな下からのアングルで描くセンスがすごい。

 

 

 

現在50を過ぎた今、さすがにこの年のなると体力や脳ミソの問題もあって固まってしまった絵をそうそう変えるのは安易なことではありません。けれど、老体に鞭を打ちつつ今の自分の絵をぶっ壊してでも影響受けたいほど魅力的な絵が出てきてほしい、などと思ってみたりもする私なのです。