私がここ数年で最も衝撃を受けた漫画”エリノア” | きたがわ翔のブログ

きたがわ翔のブログ

漫画家です。
仕事や日常生活についてゆる〜く発信していこうと
思っています。

私の手元に今さわらび本工房というところから復刊された薄い一冊の少女漫画の単行本、エリノアという作品があります。タイトル通り実は私がここ数年で最もドカンと衝撃を受けた作品なんですが、紹介するにあたりまず何から書いたらいいのやら...

 

作者は当時まだ17歳高校2年生の谷口ひとみさん。この作品は昭和41年度第四回講談社新人漫画賞の入選作としてその48ページが少女フレンドに掲載されるも、直後に彼女はこの一作だけを残して夭折してしまい、その類まれなる完成度と作者の不遇な運命によりマニアの間でなかば伝説となっていた作品なのです。

 

ブログでもおわかりの通りかなりコアな漫画オタを自称するこの私でさえ...この私でさえ!!復刊ドットコムにて話題になるまでこの作品のことは全くもって知らなかったのですよ!!いやもう本当に迂闊でした。

 

 

ではまずこの作品のあらすじをば...以下ネタバレなのでご注意を。

 

 

お城の召使いで容姿の恐ろしく醜いエリノアは、優しいアルバート王子に密かな恋心を抱きつつも近寄れず、せめて彼のお役に立てたら...と毎日願う日々を送ります。

 

お祭りの日、自分に似合うドレスもなく泣き崩れていたエリノアの前に突然仙女が現れて、三十時間だけ美しい少女になれるという魔法をかけます。(このあたりシンデレラっぽい)

その時仙女はこう注意をうながします。

(水には真実の姿が映るので気をつけなさい)

 

美しい少女となったエリノアは、お祭りでアルバート王子と踊ることができ、そして彼女をたいそう気に入ったアルバート王子にいきなり結婚を申し込まれるも(おいおい!!王子手がはやすぎ!!)エリノアはなかなか承諾することができません。

 

それでもいい寄る王子に対し今までの経緯をつい打ち明けてしまいます。すると...

 

(わたしが姿や形で人を判断する人間だと思っているのかい?)

 

その言葉にエリノアは涙し、ようやく王子の優しさに心を許すのでした。

 

ところが一緒に行った湖の水面に映った本当のエリノアの姿を見てしまった王子は先ほどの言葉とはうらはらにエリノアの手を振りほどき去ってしまうのです。この時の王子のモノローグがこれ。

 

(わたしにはきみとの結婚はできない。同情はできても。君はあまりにもみにくすぎる!!)...ってかおいおいちょっと待てっつーの王子!!ダイレクトすぎ!!求婚した舌の根も乾かぬうちに!!

 

しかもその後、王子はエリノアの心を深く傷つけたことを反省し、服毒自殺を図ります。ああ〜もうお前というやつは...!!

 

魔女の疑いをかけられたエリノアは投獄され、牢の中で王子が死なないように祈っていると、またしても仙女が現れこう言います。

 

(あなたの命を王子に捧げれば王子は助かります。その代わりあなたのことは一切忘れてしまいますがそれで良いですか?)

 

エリノアはうれし涙を流しながらそれに従い、翌日お城で醜いエリノアが死んでいるのが見つかります。

最後は作者のナレーションにてこう締めくくられて終わるのです。

 

(エリノアは世界で一番こうふくな少女だったのではないでしょうか)

 

ひええ!!どうです!?なんか凄くないですかこのお話!!

 

最後まで読むとどことなく近いのは人魚姫でしょうか?

そもそも最初仙女が余計なことをしなければこんなことにならなかったのに!!など、いくつか思うことはありますが、私がこの漫画で受けた途方もない衝撃をいくつかあげてみます。

 

まずエリノアのルックス。少女漫画のヒロイン史上最低!!といっていいくらい、とんでもなくみにくく描かれているのです!!

 

いや、昔から醜い主人公って設定上でてくることはあっても、メガネとそばかす描くくらいで顔のパーツからスタイルまでここまで醜く描くことはまれなのです。

なぜかといいますと、基本作者は主人公に自己投影するものなので、頑張ってもそうそう醜く描いたりはあまりできないものなんですよ。

 

この本には作者の谷口さんの当時の写真も掲載されておりますが、正直ふつうにかわいらしい女の子(しかも成績は常に学年でトップだったらしい!!)であるにもかかわらず、親しい友人にエリノアを描いて見せて、

 

(これはあたしなの)

 

って言ってまわってたらしいのです。むうう、これって完全なる醜形妄想に陥ってるって事でしょうか!?

 

それから画力の凄さ。

時代的に水野英子先生や細川智栄子先生の影響が感じられる絵であり、おそらく素人目にはこの時代の少女漫画家の絵はひとくくりにされてしまう節があるかも知れませんが、漫画スクールでの指導やコミックマーケットすらないこの時代、17歳の初投稿でこの画力は正直ハンパではありません。新人というよりむしろ雑誌の即戦力のレベルだと思われます。

 

そして次が一番重要なのですが、

 

作品から漂うなんとも透明な処女性

 

処女、という表現を使うかどうか迷いましたが私的にはこれが一番しっくりくるのです。

 

オラはみにくいから

 

ちょうしにのってしゃべるからあんなこといわれるんだ

 

やめた、オラににあうはずねえだ

 

もっとみのほどをわきまえていれば

 

エリノアが発するこれらの言葉は自分を肯定できずに苦しむ思春期の女の子のまさにそれです。

発表当時この作品はデビュー作でありながらものすごい反響だったそうなのですが、当時の少女が心打たれたのは恐らく自分と重なって無視できないこの部分ではなかったかと思うのです。

 

そして...実はこの本の出版の承諾にあたり、探した遺族が初めて明かした衝撃の真実。

 

谷口さんの死は病死ではなく自死だったのでした。

 

妻子のある担任教師との恋に悩んだ末のことだったそうです。(なんとやら...)

そこを考えながらこの作品再度読んでみるとなんだか背筋が寒くなります。

 

一番多感で自意識の強い時期、この時期さえ彼女が上手に乗り越えていれば...!!

 

何しろ当時これほどまでの実力を持った逸材ですよ!!その後成長してどんな漫画を描かれていたのかと考えるとあまりにも惜しい!!惜しすぎます!!

 

けれど...それとは逆も言えるのかもしれません。

 

そんな現実を乗り越えられないほど繊細で多感な感性をもった少女だったからこそ、この何とも透明な処女性を感じさせる1作品を世に残せたのかもしれない、ということです。

 

最後に、漫画のクソオタである私からひとつだけ。

 

この作品が載った少女フレンドのすぐ後に、楳図かずお先生の大傑作、あかんぼ少女の連載が始まります。

実はその作品にでてくるタマミちゃんに、私はなんとなくエリノアとの類似点を感じぜぬにはいられないのです。(特にあのシーンとか...)

もし...もしそんな私の憶測が当たっていたとしたならば、エリノアがなかったらあの楳図先生の大傑作が違ったものになっていたかも知れないのです!!

 

その部分だけとってみても、この作品の価値は正直計り知れません!!