【Day77 2025.11.19 ネグレイラ→サンティアゴ20km】のつづき
(1)から読んでね!
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外に出ると辺りはもう暗くなっていた。
出口からぐるっと回って広場の方に回った。
広場の中央に背の高い、長い髪のシルエットの男性が見えた。サイモンだ。
会うなり彼は、
“サンティアゴの奇跡を見せてあげるよ”そう言ってどんどん歩きだした。
何のことか分からず、私はただ後をついて歩いた。
なんだか彼は不機嫌そうだった。
”怒ってるの“と聞くと”少し“と言われた。
彼は私が宿のことなどを話さなかったことについて怒っていたのだ。
”もう宿の支払いを済ませてチェックインしちゃったじゃないか。もっと早く言ってくれればよかったのに。“
そう言われて、何も言わなかったのはあなたじゃない、そう思ったが口にするのはやめた。
”ごめんなさい。あなたが何を考えているのかわからなかったから。“
それだけ答えた。
カテドラル背後に回るようなところまでくると、彼は道行く人に手当たり次第、声をかけ始めた。
スペイン語なので何をいっているのかわからない。
一人のおばちゃんがサイモンの声がけに答えたようで、おばちゃんと3人でどこかに向かった。
おばちゃんとサイモンは笑顔で何か言葉を交わしていて、最終的におばちゃんは去って行った。
そこはカテドラル裏手にあるなんの変哲もない、低いオベリスクのようなシンプルなスタチューの前だった。
彼はこれを探して、どこにあるのか聞いて回っていたのだ。
“録画ボタンを押して”と携帯を渡される。
録画を開始すると、彼はそのスタチューについて何かを話し始めた。
よく見ると灯りに照らされたスタチューの影が巡礼者に見える。
そのことを説明しているようだった。
録画を終えると彼はそれをすぐにSNSに更新した。
それを終えると階段に座り込んで、タバコを吸う彼に付き合った。
“サンティアゴは本当に美しい。大好きだ。”
彼は通りを眺めて愛おしいそうに言った。
その満足そうな顔に私は少しホッとした。
食事をしようと彼が知っている店まで歩いたが、まだオープン前だったので、向かいのバルで飲んで待つことにした。
そこはカーリーンとガールズナイトを楽しんだバルだった。
“また歩かなきゃいけない。“
そういう彼に、
“フィステーラに行く時は、これを使ってね“
とフィステーラ向けのクレデンシャルを渡した。
“わあ、美しいクレデンシャルだ。嬉しいよ。ありがとう”
と喜んでくれた。
“いつ歩くの?”そう聞くと
“わからない。来年また歩きたいけど。
お金を貯めなきゃ。
明日にはバレンシアに帰って、1日休んだら明後日から仕事なんだ。”
仕事が決まったから帰るのか。
人ごとながら、その言葉に安堵した。
”これが最後になるって言っていたでしょ。
だからストップさせられたのよ。
私の膝の痛みと同じ。
アルフセンであなたに会った次の日、魂の声が聞こえたの。
魂は歩きたいんだって、旅をしたいんだって。
あなたも同じよ。
だから、あなたは歩かなきゃいけないの”
私はめちゃくちゃな英語で説明した。
意味わかった?と聞くと、何となく、と返ってきた。
その頃には機嫌も治っていて、ここまで来るのが如何に大変だったかなど話をしてくれた。
彼は私が思ったよりも元気だったし、歩くことも諦めてなかった。
そしてこの旅に満足もしているようだった。
私の取り越し苦労の部分もあったが、彼自身もここに来るまでに、清算してきた部分があったのだろう。
それでも相当疲れているのは目に見えた。
サラマンカから1日も休まずに、毎日ほぼ一人で山を登ったり降ったりしながらここまできたのだ。
おまけに明日は朝5時45分の電車に乗るのだという。
私は、彼を私に付き合わせるのが可哀想になり、バルを出ると帰ったほうがいいんじゃない?と聞いたが、自分も食事したいと言う。
目当てのレストランはよく見ると以前とメニューが違うと言って、その店は諦めた。
迷路のようなサンティアゴの旧市街を歩く。
そっちに行ったらまた同じバルに着いちゃうよ。
そう思ったが結局そっちに行ってしまい、また同じバルに着いた。
”また同じバルに着いちゃったよ“
そうだと思ったよと言うのはやめておいた。
私より方向音痴の男性を初めて見た。
私たちは結局、近くのピザ屋さんに入った。
イタリア人が経営するその店のオーナーらしきおばちゃんやら、スタッフやらと、サイモンは親しげにイタリア語で話をした。
機嫌を直した後の彼はアルフセンで会った時の印象に近かった。
誰とでも気さくに打ち解けるオープンな人だった。
私が”新しい夢ができたの。オスピタレラになりたい。あなたがコミュニティディナーを作ってよ“
そう言うと“みんなの分の食事を作るよ”と私たちは笑った。
彼はカサレスの次の町で日本酒フェアらしきものに参加したらしく、日本酒とチーズのコラボは最高だと誉めていた。
その時、日本酒の真澄の写真を送ってくれていた。
“真澄でしょう?私と夫の一番好きな日本酒なの”
そういうと、気のせいか彼は少し不機嫌になった。
これからどうするの?
と聞かれ、いくつか通ってきた町に寄って、マラガから帰ると言うと、バレンシアに来れば良いのにと言われた。
そんなことが私は少し嬉しかった。
“動画で撮ったサンティアゴのあの影の話、大好きなんだ。素敵だろ?“という彼に、
”スペイン語だったからわからなかったよ。英語で説明してよ“
と言うと
“え?わかってなかったの?”と驚かれる。
この人のこう言うところが憎めない。
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つづく