【Day61 2025.11.3 レケホ → ルビアン 19km】
朝6:00
今日は距離が短めなので朝はゆっくりと支度を始めた。
私に次いでジョンが目を覚ますと大きな声で歌い出した。
まったく、この人の明るさには敵わない。
その声にカーリーンも起きる。
二人は私に向かって手を併せ、日本語で”おはようございます”と、お辞儀をして言う。
ジョンは以前、日本の企業と仕事をした経験があり、カーリーンはお遍路をやった経験があったため、二人は何かと日本語の挨拶を使いたがった。
そんな三人でのやりとりも今日で終わりである。
ジョンは今日かなり長く歩くため、珍しく私より早く支度を済ませた。
行くね、というジョンに私は抱きついた。
ジョンはそのカラッとした性格らしく、カミーノ流のわざとらしいハグが嫌いだと言っていた。
しかし私はそんなのお構いなしだ。
背の高いジョンは私を上から抱えるようにしてギュッと返してくれた。
“Adios, small pilgrim”
”さようなら、ちいさな巡礼者さん“
そう言って、彼はアルベルゲを出ていった。
晴れた日の山歩きは気持ちよかった。
木漏れ日が、足元の枯葉や石に貼りついた苔など小さな世界に光を当ててくれる。
世界が如何に美しいかを知りたくて、私は歩いているのかもしれない。
カミーノを歩くことが正しいと、愚かにも信じているのだ。
外は寒くて、歩くのは辛くて、足は痛いのに。
楽しかったり、幸せなことを差し置いて、ただ毎日、サンティアゴに向かって歩くだなんて本当にバカみたいだ。
風に激しく揺れる黄色い木の葉に、”そんな風に泣かないで“と声をかけた。
泣きたいのは私だった。
でも泣けないのも私だった。
ジョンの存在に随分助けられたが、またこんな風にメンヘラになる時間が増えるのだろう。
でも私は好きなのだ。
こうして自分の心の奥底にタッチするような感覚が。
目的地に着くと、同じ町だがアルベルゲではなくホテルに宿泊するカーリーンと待ち合わせをして、バルでワインを飲んだ。
久しぶりの晴れだ。
外のテラスが気持ち良い。
カーリーンの英語は少しクセがあるので、日本人に私には聞き取り難い。
ジョンの返答で会話を理解していたので、二人だけの会話が弾むのか少し不安があったが、私たちは長く一緒にいて、何となくお互いの言いたいことが伝わった。
私たちは家族のことや、カミーノについて、日本について、いろんな話をした。
カーリーンは白ワイン、私は赤ワインで、カーリーンはときどき、巻きタバコを作って吸った。
ドイツ人なのにベレー帽を被り、ゆったりめのネックウォーマーを巻き、タバコをふかす姿はかっこよかった。
巻きタバコといえばサイモンもよく吸っていた。
私はカーリーンにサイモンの話をした。
何度も忘れ物をチェックさせられた笑い話のつもりだったが、サラマンカで追いついて、またサンティアゴで会おうと約束したけれど、それが叶うかどうかはわからない、そういうと彼女は一言。
手放すことね
そう言った。
それは、会えるかどうかと言うよりは、彼への想いそのものについて言われている気がした。
手放すか。
そういえば、誰かが言っていた。
カミーノ巡礼では何かを得るのではなく、捨てるのだと。
そうして最後に残ったものだけが、本当に必要なものなのだと。
それはまさに、バックパックの荷物と同じだ。
サラマンカの後もサイモンとのやりとりは続いていた。
しかしそれは以前のような、思わず笑ってしまう見切れた自撮り写真や、今どこにいる?と言ったお互いの位置を確認するようなものではなく、ただひたすら、“おはよう”と“おやすみ”を繰り返すものだった。
何を語っても今は無駄だとお互いわかっているようだった。
それは細い細い脆弱な蜘蛛の糸のように、風が吹けば切れてしまいそうな、弱い繋がりだった。
それを一生懸命切れないように、私たちはどちらからともなく、小さな言葉で繋ぎ止めていた。
せっかく得たものをなぜ手放さなければならないのか?
誰か教えて欲しい。
でもきっと、手放した先に本当に必要なものを得ることができるのだろう。
それ以前に、本当は何も要らないのかもしれない。
その日の夜、私たちの間に”おやすみ”のやりとりはなかった。
彼も同じことを考えているのかもしれない。