Con te Partiro ーvia Francigenaへの招待状ーvol.39 | ちびタンクのひとりごと

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大好きな旅のこと、心理学・スピリチュアル・ヨーガのこと、日々の気づきなどをつぶやいています♪



きぬママからの宿題を探るうちに、新たに導き出されたキーワード=カンタベリー。

それが前年歩いた道の出発地だという事実に、私は驚きと興奮を隠せなかった。



しかしきぬママはいつ、聖公会からプロテスタントに改宗したのか。

2017年4月17日のメールにはこんなことも書かれていた。



「 嘗てのように 自由に他の教派の教会に 関わることは 現在では 不可能・・

父が亡くなってから もう40年以上経った今・・

 

現在の法則に従って 整理しなければ なりません・・

これは 大事な終活の一つ・・

 

その教会の移籍は 自分だけの問題では無く 亡き父の 固い信仰を・・

遺された私が 汚さないように しなければなりません・・ 

 

墓地の整理と共に 私が行うべき 大事な終活です。


教会の移籍、お墓の整理…


そのあたりをもう少し整理する必要がありそうだ。


私は、墓地の整理に関わっていた谷口さんに連絡をした。

書道家の谷口さんは心理学の仲間で、きぬママが最も信頼していた人の一人だった。

一時期はきぬママが開いたレインボーサロンに住み込み、コンサートを始め、きぬママのあらゆるチャレンジをきめ細かくサポートしてきた人だ。

ご結婚されてから、きぬママは少しづつ頼る回数を減らしていったが、それでもお墓の整理まで手伝ってもらっていた。


その夜、谷口さんは記憶の限りきぬママが教会を移転した理由と、墓地移転に関する情報を送ってくれた。


その中にはこんな記述があった。


「確かにお墓の件もあったかも。元々は大きな霊園でしたものね。あちらを「父ちゃん母ちゃんごめんね」と潰して、今の霊園に行きましたよね。」


関連がありそうなきぬママのメールと谷口さんからの情報を整理すると、ざっと以下の経緯が伺えた。


・生まれは聖公会

・A教会(祈祷書に書かれていた教会、聖公会)所属

・複数の教会を渡り歩き、B教会(プロテスタント)所属

・B教会はお父様が設立に尽力した教会だった。しかし誠意を見せない姿勢に折り合いが悪くなる。

・2015年12月20日  C教会(お別れの会を行った母協会、プロテスタント)に移籍

・2016年7月  C教会に相談のもと、坂戸の霊園(聖公会)から千葉の霊園(プロテスタント)に移動

・2017年1月 C教会の帰りに転んで骨折

・2017年4月 逝去。C教会でお別れの会

・2018年10月 千葉の霊園でC教会牧師による納骨式


どのタイミングでプロテスタントに改宗したかはわからなかったが、少なくとも聖公会の墓地で弔われたご両親に対し、きぬママのお別れの会と納骨式は、プロテスタントで行われたことがわかった。


そして墓地移転に関してきぬママは、”おとうちゃん、おかあちゃんごめんね“と言っている。


この発言は移転に対してだけではなく、墓地の宗派を変えてしまうことへの謝罪だったのかもしれない。


もしかしてきぬママは、自身も聖公会の元で弔ってほしいと言っている?

そうしないと、大好きなご両親の元にいけないのではないか。


そしてきぬママのご家族も、墓地の移転に戸惑っている?あるいはまだ納得していないのではないか?


これはきぬママだけではなく、きぬママの家族に関わること。

私は調べ上げた事柄から、そんな仮説を立てた。



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↓前回のお話