きぬママは京成線お花茶屋駅近くの小さな一軒家に一人で住んでいた。
庭にある大きな木の枝葉は道に迫り出し、植物に取り囲まれたそのお家は、全体が鬱蒼としていて一瞬、中に入るのが躊躇われた。
玄関は開けっぱなし。
引き戸を開けて「こんにちは〜!」と大声を上げると、いつも「2階に上がってらっしゃ〜い。」ときぬママの甲高い声が聞こえた。
一階と二階に8畳ほどの部屋が一室づつあるだけの、古い木造の小さなお家だった。
昔ながらの広い玄関で靴を脱ぎ、脇に整頓されたスリッパを勝手に拝借して急な階段を上がる。
階段の壁には大きな絵画や習字やらが、とりとめもなく飾られていた。
2階に上がり部屋に入るとすぐに薄茶色のグランドピアノが出迎えてくれる。
その奥のテーブルで、きぬママはいつも入口に向かって座っていた。
私が向かいに座るときぬママは身体をねじらせて、後ろの食器棚からコーヒーカップとセットのソーサーを取り出す。
白地に小さなお花が描かれた六角形の小さなコーヒーカップには、品の良さがよく現れていた。
ぽこぽこという軽やかな音と共に芳ばしい匂いが部屋を包む。
「美味しいコーヒーを沸かしてるのよ。」と、いつも挽きたてのコーヒーを淹れてくれた。
時には紅茶の日もあって、そんな時は間口の広い、これまた上品なティーカップが出てきた。
コーヒーカップもティーカップも何種類かあって、「どれにする?」なんて聞かれることもあった。
そして温かい飲み物と一緒にいつも何か甘いものが出てきた。
部屋の奥には壁いっぱいに南向きの窓。
カーテンはかけておらず、いつも陽の光がいっぱい入ってきた。
その窓には天使やマリア様の色鮮やかな吊り飾りが、バランスよく垂らされていた。
窓だけではない。
書籍や絵画、写真なで雑多に満たされたその部屋には、少女のようにかわいらしい小物も随所に配置されていた。
「私は日本で2%の産まれながらのクリスマスチャンなの。」
それがきぬママの口癖だった。
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↓前回のお話し