航空券の安さから、帰国はメキシコシティーからの航空券を取った。
Sさんと出会ったのは、そのメキシコシティーの日本人宿でのことだった。
スペイン語が堪能な彼女は、スタッフ兼宿泊客としてその宿に滞在していた。
私はすっかり、彼女がオーナーなのだと勘違いしていたほどだ。
急遽帰国を決めたため、メキシコシティーにいた4日間は、お土産巡りに奔走した。
そして最終日、帰国便は深夜発であったため、21時にタクシーのピックアップを頼んでいた。
最後の買い物を終え、宿へと戻りパッキングを済ませ、冷蔵庫から前日の余り物でサラダを作り、ビールと軽い夕食を取り始めたのは夕方5時頃。
そこにSさんが帰ってきた。
「お帰りなさい~」
「あら、今日もサラダなのね。」
「はい、昨日の残りが余ってたんで。」
「今日ね、ストリートチルドレンの学校に行ってきたのよ。」
彼女は私にパンフレットを見せ、今日、そこへ行くことになった経緯を話し始めた。
しばらくして宿のオーナーが帰ってくると、今度は流暢なスペイン語でその話を始め、やがてオーナーが去ると、また私との会話になった。
「しずさんは、ここに来る前はどんな旅をしていたの?」
「えっと、カミーノを歩いてたんです。
カミーノ・デ・サンティアゴっていうスペインの巡礼路なんですけど。
ご存知ですか?」
「ええ、知ってる。へー、どうだった?」
「素晴らしかったです。
それが一番の目的だったこともあって、もう、帰ろうかと。」
「そっか。詳しく聞きたいな」
そう言いながら彼女は冷蔵庫からビールを取り出した。
が、プルトップを開ける直前、突然思いついたようにこう言った。
「ねえ、今日、出国なんだっけ?まだ時間ある?ちょっと散歩しない?
ここで飲むより見せたいものがあるわ。」
「え?
は、はい。
ピックアップが9時なので、それまでだったら大丈夫ですけど。」
時刻は午後6時になろうとしていた。
手早く食器を洗い、簡単に身支度を済ませ、Sさんについて玄関を出た。
そう、軽い散歩のつもりで。
メキシコシティーは高地のため、朝晩はかなり冷え込む。
しかし、その日は不思議と寒さを感じなかった。
Sさんは宿を出てすぐの墓地の解説をしてくれながら、足早に大通りに向かっていった。
「良かった。ちょうどいいタイミングであるね。」
そう言って、止まっているバスに乗り込んだ。
正直、戸惑った。
数時間後には空港に向かわなければ行けないのに、いったいどこに行くと言うんだろう。
「これから行くところはね、グアダルーペ寺院ってとこなの。
グアダルーペさんて人は、メキシコのマリア様でね。
ここでは奇跡が起こるって、信じられているの。
それでグアダルーペさんの日である12月12日には、メキシコ中から奇跡を求める人が、歩いてその寺院に向かうのよ。
中には這ってくる人もいる。
それはもう、すごい人の数で。。。
言うなれば、メキシコ版カミーノって感じかな。
だからね、スペインのカミーノを歩いたしずさんに是非、紹介したいと思って。
スペインより貧しいここでは、もっともっと切実な思いを持った人々が歩くのよ。」
「メキシコ版カミーノ、ですか。
切実な思いを持って歩く、か。。。」
確かに、私たちが乗った寺院行きのバスは、
もう夕方だと言うのに薄汚れた服を着た人々で満席だった。
これまで私が出会ったメキシコ人とは何かが違う、疲れた表情をしているように見えた。
-つづく-