田中 宇 氏
トランプ米大統領が9月7日の記者会見で、大統領に再選されたら、経済面での米国(と同盟諸国)の中国依存をなくす「米中分離」(デカップリング)を大幅に進めると宣言した。トランプは、これまでも米中分離を進めてきた。それを大幅に強化するという。トランプは2017年の大統領就任直後から、米企業の中国への工場移転などによって中国に奪われた米国の雇用を取り戻すため、経済的な米中分断を加速し、米国を製造業大国に戻すと言い続けてきた。トランプの米政府は、中国(やその他の諸国)から米国が輸入する商品に懲罰関税をかけたり、ファーウェイなど中国企業製のネットワーク機器を米国や同盟諸国の政府が使うことを、中共によるスパイ行為に使われ得るとの理由で禁じたりしてきた。中国人が米国の大学で先端技術を学ぶことも、トランプは、スパイ行為になるとして禁止し始めている。 (Trump’s tough talk on China faces harsh trade realities) (Trump considers 'decoupling' U.S. from China)
トランプ政権の米中分離策は従来、主に中国の企業や人々を米国側での活動から締め出すことに重点を置いてきた。それも完全に実施されず、トランプは、ファーウェイなど象徴的な例に限定してピンポイントで攻撃してきた。米中分離は、中国側より米国側にとってマイナスが大きいので米財界などエスタブ勢力が消極的だ。トランプには大きな抵抗力がかけられてきた。トランプは今後、11月の選挙での再選を、米中分離を含む自分の政策が米国民の大半に支持され正当性を得たとみなし、エスタブ勢の反対を押し切って米中分離策を強化する。製造業の部品供給から金融取引までの全分野で、世界的に、既存の国際ネットワークから中国勢を徹底排除し、中国を排除した「米国側」のネットワークとして再編する。 (Rabo: Today, The Press Is Waking Up To The Multiple Schisms Simultaneously Threatening Global Markets)
米国側と対照的に、中国と、ロシアや一帯一路につらなる親中国の諸国などは、既存の国際ネットワーク(米国側)から追放・排除・分離され「中国側」として新たな中国中心の国際ネットワークを形成していく。米国側はドル建て決済でSWIFT利用、中国側は人民元や参加諸国の相互通貨建てでCIPS利用で貿易決済が行われ始めるなど、米中分離が具現化している分野もある。中国側が米国側より劣勢になっていき、中国が経済的に潰れていくことで、米国側が中国側を打ち負かすのがトランプ政権の「米中新冷戦」のシナリオだ。 (Trump Vows to Sharply Scale Back U.S.-China Economic Ties)
トランプは、米中分離のための米国側の国際ネットワークの一つとして、米国・日本・豪州・インド・韓国・東南アジアなどで構成する「インド太平洋諸国」の枠組みを、従来の軍事安保分野に限定された中国包囲網から、製造業の部品取引など経済の中国包囲網に発展させることを構想している。米日豪などの国際的な大企業は従来、中国との取引が最重要な部門の一つだったが、今後は中国と全く取引しなくてもインド太平洋諸国との取引だけで従来の儲けに近いものを出せるようにするのがトランプの案だ。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ)
結論から先に書くと、インド太平洋諸国の製造業の企業が、中国に全く頼らず、中国抜きでに製造活動を続けていくことは非常に困難で、多分不可能だ。やれるとしても、まともに機能するまで何年もかかる。中国は、世界の主要な製造業者の下請けを何年もやってきた。品質管理、労務管理など、国際企業が低コストでやろうとすると中国に頼むしかない分野がいくつかある。中国に頼まないと製造コストが上がり、品質も落ちる。国際大企業は、自社製品の品質を何年も落とすことなどできない。製品の大幅値上げもやれない。中国包囲網であるインド太平洋を経済面に拡大する「中国外し」の策は成功しない。掛け声だけに終わる。 (Trump’s China-bashing gives US a bloody nose)
安保面の「インド太平洋」の概念を最初に提唱したのは日本の安倍晋三だった。かつてトランプは、安倍に、インド太平洋を掲げて国際的な中国敵視の先頭に立つことを安倍にやらせようとした。だがすでに日本は経済面で中国抜きにやっていけない状態になっていた。安倍はトランプに対していい顔だけしつつ、中国と敵対せず、むしろ中国にすり寄る姿勢をとりつづけた。今回トランプがインド太平洋を経済面の中国包囲網に拡大するに際し、再び安倍に主導役をやってくれと言ってきた可能性がある。すでに書いたとおり、経済面の「中国外し」は、安保面の中国包囲網よりもっと困難だ。現実性がない。 (US Seeks Formal NATO-Style Alliance Against China) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本)
安保軍事だけの時は、中国敵視の主導役をやりたがらない安倍をトランプは黙認した。だが今後はそうでないので、安倍はトランプから追い込まれる前に辞めることにしたのでないかとも思える(証拠はないが)。安倍の辞任表明の10日後に、トランプが米中分離の中国敵視を強化していくことを発表した。トランプの米中分離の強化により、今後、日本が米中のバランスをとっていくことが格段に難しくなる。それが明らかになる直前に安倍が辞任を表明した。両者が無関係だとは考えにくい。火中の栗を拾い、泥をかぶるのは次期首相だ。安倍はいいとこ取りだけして逃げた。安倍は、格好悪い終わり方をしたくなかったのだろうが、実のところ安倍は格好悪い。泥をかぶっても良いと考える菅や石破の方が格好良い。 (安倍辞任の背景にトランプの日米安保破棄?)
話を戻す。軍事安保の中国包囲網は、ほとんど演技だけで構成され、実体が少なかったので大した問題でなかった。米中がいくらミサイルを配備しても、撃ち合わない限り大丈夫だ。米中軍艦の急接近も同様だ。経済の話の方が実害がある。トランプは、中国製のアプリはスパイウェアになりうるのでインターネットから排除すべきだと言い出している。この政策が実施されると、たとえば中国人のほぼ全員がスマホに入れているウィチャット(微信)のアプリが、米企業であるスマホ2社のグーグルプレイとアップルストアから排除される。 (China plans new data policy in response to Trump admin’s “bullying”)
中国製のアンドロイドのスマホは最近、グーグルプレイなしでやりくりしているが、iフォンは中国でもアップルストアが必須だ。中国のiフォン利用者はウィチャットを使えなくなる(野良アプリとして入るがオタク的作業が必要)。ウィチャットなしでは中国人の生活が成り立たない。中国でのiフォンの販売が急減する。アップルの売上高が3割減る。米国の株価が急落する。トランプは、中国製アプリをネットから排除する策を本気でやれない。演技に満ちた抜け穴だらけになる。 (中国にサーバーを置かされているApp Store)
トランプが本気でやらなくても、米中分離は、中国人の米国製品離れを引き起こす。アップル製品が売れなくなっていくのと対照的に、中国企業のファーウェイは米国に制裁されても潰れず、むしろ企業規模を拡大し続けている。 (What’s Biden’s New China Policy? It Looks a Lot Like Trump’s)
トランプが再選されて米中分離策を加速するなら、製造や販売などを中国で展開している米企業はすべて中国から引き揚げる必要がある。中国に残っていると、米国で犯罪に問われかねない。11月の米選挙で対立候補のバイデンが勝ったとしても、バイデンもトランプと似た中国に厳しい政策を打ち出している。米中分離策が加速すると、中国側も報復で中国駐在の米企業に嫌がらせしかねない。今後、中国に米国企業が居続けるリスクが高くなる。だが実際は、上海の米国商工会議所の調査によると、撤退を考えている中国駐在米国企業が全体の4%しかない。中国で展開している米企業は、米中対立が今後ずっと続きそうだと予測しているが、それでも彼らのうちの7割以上が、今後も中国で展開し続けると答えている。 (US Firms Sticking With China Despite Belief That Tensions Will Persist For Years)
コロナ危機後、米国や欧州の経済は、都市閉鎖によって大恐慌に陥っている。米国では暴動も続き、経済が復活する兆しが見えない。FRBのQE策で支えている金融バブルもいずれ崩壊する。欧米の経済難と対照的に、中国経済は6月ごろから復活基調にある。習近平の中共政権は、徹底した国民への監視でコロナ陽性者を排除し、国民の陰性を確認した上で自由な消費や外食を認め、国内消費を復活させている。習近平は、中国経済の主導役を従来の輸出から内需に転換する方針を発表している。人口13億人の中国は、国内市場だけで発展していける。 (米中逆転を意図的に早めるコロナ危機)
コロナ危機は、中国の国内市場を、世界で最も儲かる市場にした。これだけの人口=消費者を持つ単独の国内市場はほかにない。インドなど他の大国は、まだコロナ対策に追われている。国際市場は、コロナによって各国間の人的な移動を停止され、長期的に機能しにくくなっている。コロナ危機は、単独の国内市場を有利にした。中国国内の人の移動は6月ごろから規制がなくなっている。習近平が中国経済を内需主導に転換するのは自然な流れだ。 (中国が内需型に転換し世界経済を主導する?)
今後、米中分離によって、米国側の製品が中国で売りにくくなる。中国では、中国製の、中国のブランドの製品が売れるようになる。中国はしばらく前から、ほとんどどんな製品でも国内で作れるようになっていた。だがこれまでの中国は、欧米ブランドの製品の製造の下請け役として機能しており、何でも作れるが利幅が少なかった。中国の工場から欧米企業への製品の出し値は、製品原価プラス人件費プラスアルファの安値で、中国の工場の儲けはわずかだった。欧米企業は、それを世界にブランド品として原価の何倍もの値段で売り、大幅な儲けを得ていた。中国は、下請けとして薄利で使われていた。 (中国の対米離脱で加速するドル崩壊)
これからトランプが加速する米中分離は、この体制を破壊して大転換する。トランプの米中分離策で、欧米企業は中国から出て行くことを義務づけられる。中国市場は、中国企業の製品の天下になる。すでに書いたように、各国が人的鎖国を強いられているコロナ危機の状況下で、中国市場は、ダントツに世界最大の単一市場である。その巨大市場が、中国製品・中国ブランドの天下になる。これまでの中国市場では、米欧日のブランドがもてはやされて高値で売れ、米欧日の企業が中国市場で大儲けしていた。米欧日の製品の製造を下請けしていたのは中国側だったが、すでに書いたように、下請けである中国側の利幅は限られていた。中国市場は、米欧日を儲けさせるために存在していた。これは、産業革命時に英国の資本家が夢想したことの具現化であり、英米の謀略だったともいえる。
だが今後の米中分離によって、中国市場での利益のすべては中国人のふところに入る。ブランド力で大儲けしていた米欧日の企業は、トランプの策略(米中分離とコロナ危機)によって、中国から退却させられていく。中国企業は下請けから脱却し、高いブランド製品の製造主になり、外国人にとられていた儲けを初めて中国人自身のものにしていく。中国人が、中国市場の主人になる。トウ小平は墓の下でほくそ笑んでいる。これは、アヘン戦争以来の中国の夢の実現でもある。それを実現してくれるのが、トランプの米中分離策である。トランプは、中国にとってニクソン以上の「恩人」になる。中国をボロクソに言って敵視しているトランプが、である。これが、隠れ多極主義の痛快な真髄である。 (中国は台頭するか潰れるか)
中共は最近また米英豪など敵性諸国のマスコミ記者の中国での取材ビザへの規制をさらに強化した。中国は、米欧側に知られずに自国を発展させていける。これもトランプが招いた「厚意」だ。マスコミを軽信するしかない米日などの人々は、自国側が中国に負けていく米中分離策の進展を知らないまま、しだいに生活苦に陥っていく。多極化は知られずに進む。田中宇の妄想だと思っている人は、永遠に思っていれば良い。 (China imposes new visa restrictions targeting US media) (Beijing Delays Visas For Journalists From WSJ, CNN & Bloomberg As President Xi Cracks Down On Dissent)
米国企業が中国から出て行きたがらないのは当然だ。米国企業も、コロナ危機から脱して内需拡大していく中国市場で儲けたい。米国自身の市場は、コロナ都市閉鎖と暴動でボロボロだ。トランプの米中分離に合わせ、日本や韓国の企業が中国から撤退していると喧伝されているが、これらも現象の一部だけを切り取った報道だ。トランプは就任直後から米中分離策を言い始め、米国企業を中国から帰国させ、中国に流出した雇用を米国に引き戻すと豪語してきたが、実際に中国から米国に引き揚げてくる企業はほとんどなく、米国の雇用は増えていない。トランプの米中分離は米国の国益にならず、中国の国益になっている。 (Samsung to end Tianjin TV production, joining China exodus)