ここまで必死に走ってきたのか息が上がっていて、シルクのシャツの血痕が生々しく
先程の彼女の負傷が尋常じゃないことを物語っている。
「何か?」
「あの・・・突然で申し訳ないのですが、旅の方。
あなたは魔法国家スフィーニの方ですよね?」
俺は砂漠越えのためのカンドーラ※を身に着けていた。
その為だけでなく、身体を全部覆うそれは、
自分の身なりを目立たないようにする意味もあった。
何故ならしのびの旅だからだ。これでも一国の王子であるが所以である。
でも何故・・・俺がスフィーニの人間だとわかったのだろうか?
その怪訝そうな表情を読み取って、息を切らしながらこう言い続けた。
「そのゴトラ(頭にかぶっているスカーフのようなもの)の裾の模様・・・スフィーニの紋様ですよね?」
そう。ゴトラの裾にはスフィーニの唐草紋様が刺繍されていた。その時
やはりそこそこの身分の者なんだなって俺は確信した。そんな細部のことは普通の
市民だと気が付かない。
「…単刀直入に申し上げると、先ほどの準決勝で闘って撃たれた選手がいましたよね?
彼女、僕の大切な人なんです。医者は物理的治療じゃ限界がある。誰か観客の中に
回復魔法が使えそうな人を探して急きょ治療をしてもらわないと・・・命が危ないと。」
「!」
しかし俺は一瞬躊躇した。俺は失語症になってから一度も呪文を詠唱していない。
詠唱できなかったのだ・・・。
「お願いです、一刻の猶予もないのです・・・!」
彼の必死な形相に・・・そして俺も彼女が気になったので
黙って頷いて、彼に付いて行った。
* * *
救護テントの中には医者と彼の友人らしき何名か。
そして・・・例の不思議な髪色の彼女がいた。
遠めだと銀に見えて・・・亜麻色にも見える。頭髪の色
女性らしく少し膨らんだ胸が包帯でしっかり巻かれているが、止血しきれておらず
血が止まらないようでどんどん包帯が赤く染まってゆく。
「先生、スフィーニの方を。」
ウェーブの青年が医者に俺を紹介する。
「緊急時なので初対面ですが直ぐ本題に入らせてもらいます。弾丸が彼女の心臓
スレスレの動脈をかなり傷つけている。このままでは失血死だ。
急きょ回復呪文をされたいのだ。」
当の彼女は。かなり青白い顔で・・・呻いている。
そして何やら・・・うわごとを言っている・・・。
「かぁ・・・さん・・」
その時俺は自分の亡くした肉親を重ねたのか。
妙な使命感が湧いたのだ。
―早く彼女を救わなければ!!
自信はなかった。よりによって得意ではない回復呪文だ。
もしかしたら・・・無理かもしれな・・・いや、絶対救わなければ・・・!
遺される悲しみをよく知っている俺だからこそ・・・助けなければならない。
俺は覚悟を決めて彼女の患部に両手を翳し、詠唱を始めた。
水と風の聖霊よ、我を求めしめたもうは・・・約されし癒し。
この者の疵を塞ぎたもう・・・。
俺は丁寧にゆっくりと、でも強い祈りを込めて詠唱をした。
淡い緑の光が傷口を優しく包む・・・
でも油断はならない。気を抜くと傷口からまた血が噴き出しそうだ。
俺は脂汗を搔きながら、詠唱を続けた・・・。
* * *
―レイラ・・・俺をこの北の大地に誘ったのは・・・
俺の魔法の能力を復活させるきっかけを与える為だったのか??
俺はすでにこの街を後にしていた。
ここへレイラが誘った意味がなんとなく分かった気がしたから・・・。
―そう言えば、彼女の名前を訊かずにいたな・・・。そんな余裕もなかったか。
俺は苦笑した。
少なからずとも、あの彼女のことは気になっていた。
最初男かと思ったら、女だったこと。そして魔性と同じ
銀の髪と紫の瞳・・・。見事な槍術の腕前・・・。
一度も言葉も交わさずに。
深い印象を与えた・・・彼女。
そう思いつつ何処へ向かおうか、
一旦プシュレイへの路を戻っていた矢先だった。
「待って!!」
近づいてゆく、速足の音・・・。
呼ばれて振り向くとそこには、今しがた考えていた「彼女」が居た。
※現実世界だとUAEやサウジアラビアの男性の衣装。使わせていただきました。