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改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 16)

5月14日(木) ①

バンコク滞在最終日。
三日目ともなると、朝起きてからのリズムというのはだいたいできあがってくるものだ。

薄曇りの空の下、僕とCIは朝食を摂りに外へ出た。

二日間、ランブトリのぶっかけ飯屋だったので、さすがに今日はやめとこうと宿を出て左に向かい、昨日バスに乗ったプラアーティット通りを歩く。
ここらは以前とあまり変わらないような感じで、ちらほらと点在する商店もどちらかというとタイ人相手の店が多い。
「どこで食おうか?」ろくに屋台や食堂が見つからないうち我々は道なりにカーブさせられ、普段カオサンに向かう時に渡るチャクラポン通りの北へ出てしまった。
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プラアーティット通りとチャクラポン通りの交差点で信号を待つ。
相変わらずここは交通量が激しい。
左手にはバンランプー運河のボート乗り場があった橋が見える。
そして正面にはニューワールドデパートの廃墟があった。
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このニューワールドデパートは13年前にとても世話になった。
カオサンが今のようにタイ人まで遊びに来るような華やかな場所でもなかった頃、確か月曜日に屋台を出してはいけないルールがあって閑散とした通りを少しでも安くて腹の満たされる食事を探して最上階のフードコートに足を運んだのだった。
当時はまだカオサンにレストランやバーは少なくコンビニもあまりなく、何より当時の旅の仕方では高くて利用し難かった。
だから安くて安全にメシが食えるのは、ここみたいなクーポン制のフードコートだけだったのだ。

最上階のフードコートは四方がガラス張りで、必ずその窓際の席に座った。
遠くに排気ガスで煙った極彩色のワット(寺)や高層ビルが見え、真下には排気ガスをまき散らしながらトゥクトゥクが走っているのが見えた。
ビザの申請待ちで退屈に拘束され、暑くて暑くて部屋にいられない時は、エアコンの冷気の中、一人で有り余る暇をそこで潰すことがよくあった。
何だかとてもホッとしたのを覚えてる。
日本にもありそうなこの「ごく普通の田舎のデパート」的な佇まいが好きだった。

だが、その憩いの場も僕が行った翌年には火事になったらしく、それでもそのまま営業を続けたが数年前に床が崩れて死者を出し、ついに閉鎖されたらしかった。

僕はCIにそんな話をしながら惨めな姿になったニューワールドデパートを見上げ、通り過ぎた。
あの頃は「街中の雑踏に紛れていては見えないバンコクが見下ろせる気がする」なんてカッコイイことを思ってたけど、きっと旅に疲れてたんだろう。
ちょっと寂しくなった時だったのかもしれない。

タイの中で僕の好きな場所のひとつがなくなっていた。



2009年06月1日livedoorBlog掲載文改訂


改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 15)

5月13日(水) ⑧

ちょっと腹に入れたら余計に腹が減るというのは人の悲しい性である。
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宿に程近いワットチャナソンクラムの通りで、僕とCIはフォーサンズビレッジというゲストハウスの1階にあるレストランバーへ入った。
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見上げる空は満天の星…ではなかったが屋根があるよりはない方がいい、それがリゾート気分というもの。
案内された席に着き、とりあえずビール。
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宿に併設されるレストランは確実に外人向けなので、ここも例に違わずメニューがわかりやすい。
我々は空芯菜の炒め物とタイ風サラダを注文した。

空芯菜の炒め物
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赤羽のアジアンパームという店や高円寺のバーン・イサーンという店で食ったことがあるのだがとてつもなく美味い。
でもこれを「くうしんさい」と読むのを知ったのは最近で、それまでは「からしな」なのかと思っていた。
とにかくよくわからないがビールにとても合う。

サラダ
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隣の席の白人がライターを持ってないらしく、何度か貸したりしていると突然のスコール。
この時期は夜半過ぎに降ることが多いのだろうか。
「わーおわーお」と屋根のない位置に座る我々を見て、店員が「まあ、たじろぐな」とゼスチャー。
すると何と庇が「ウィーン」という音と共に延長して行くではないか!
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ああ、こんなとこでもアジア先進国を目指すタイの片鱗が垣間見えるとは…。

驚いていると、次第に強まる雨足の中、またもや「変なタイ人」登場。
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先程カオサンをうろついてる時も見たので実は本日二回目だったのだが、この時は何とヤツが後ろに乗り、白人女性が必死で漕いでいた。
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僕も漕ぎたかった…

セブンイレブンでタバコとビールを買い、宿へ。
しかし、何となく1階のレストランバーの席に着いてしまう。
いわゆるハシゴだ。
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で、ビールとエビの炒め物。
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注文を取りに来たヤツが、明らかなオカマだった。
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さすが世界一のオカマ保有国。

部屋に戻り、ビールを呑む。
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それから…記憶なし。


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2009年05月30日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 14)

5月13日(水) ⑦

一旦部屋に戻りシャワーを浴び、ビールを呑んだ後、
「そろそろ、一杯呑まなきゃなぁ」などとふざけたこと言いつつカオサンへ赴く。

基本的に今回の旅は僕にとってカオサン周辺がメインなので、今日もこれからが本番と言えば本番である。

宿を出て普通にカオサンへ向かうには左手へ歩きアユタヤ銀行の交差点から目指すのだが、あえて右手から行ってみようと試みた。

角を曲がりちょっと歩くとムエタイのジムがあった。
13年前、僕がいきなり「回し蹴りをさせてくれ」と頼み、見事に断られた場所だ。
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そんなこと思い出しながら視線を前に戻すと何だか行き止まりである。
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この辺りがこんな感じだったかどうか、まったく覚えがない。
「はて…引き返すか? どうしようか?」
と、CIと言葉を交わすか交わさないかのうちに、ムエタイ・ジム前で井戸端会議をしていたタイ人のおばちゃんが「そこそこ」と「行けるわよ」とばかりに指差す。
が、そこは何の変哲もない建物のサビた外階段である。
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同時に我々の後ろから来た白人が何の躊躇もなく、その階段を上がっていくので着いて行ってみると、そこは喫茶店らしき店の二階であり奥へ進み今度は店内の階段を下り、店のど真ん中を通って正面入口から外へ出るのだった。
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店員は何も言わない。むしろこちらを見向きもしない。
どうやらこの喫茶店?は日常ごく自然に抜け道として機能しているようだった。
正面入口はチャクラポン通りに面しており、もう斜め前がカオサンの入口だ。

しばらくカオサン通りをうろついた後、マック近くのアーケードを抜けてランブトリ通りに出た。
食べ物屋台がたくさん出ている。
我々はその中のパッタイ屋台の前で立ち止まった。
夜も23時だというのに、まだ小さな女の子が働いてる。
どうも隣の屋台でヤキトリを焼いているのがお母さんらしい。
タイでは子供がよく働く。
「かわいい」からなのか「腹が減った」のか知らないが、CIが「食べたい」と言い出す。
パッタイとはタイ風焼きそばのことで、ビーフンをもやし、エビ、肉、パクチー等々で炒めたもので、日本でエスニック料理を食べる際もCIの大好物であった。
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「じゃあ、注文してみれば?」とコミュニケーションを任せ、僕は動画を撮ってみた。

(ついついカメラ目線…の挙げ句、CIが注文したというのに出来上がりをカメラに向けて差し出してしまうあたりが良い)

近くの旅行代理店のシャッターの前に腰かけて食す。
やや味が薄いが、タイという国は元来どの店にもこんな感じの調味料セットが置いてあり、自分で好みの味に調整するのが普通なので何も問題はない。
屋台に戻り、こんな感じので適度に味をつけた。
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食べ終わると、僕たちはまた歩き出した。
喧噪の中、ランブトリ通りをアユタヤ銀行方面へ進む。
思えば、今夜が過ぎて明日になり、明日も今頃になれば空港までの帰り仕度を考えなければいけない。
滞在三日間の半分は、もうとっくに過ぎているのだった。
あたりまえだが、13年前の「今日は何もしない日」だらけだった時とは時間の流れ方が明らかに違う。
僕はいろいろ思い出せただろうか? そして新たな発見はたくさんできただろうか?
明日はお土産を買いに歩き回らなきゃだな。
そしたらまた懐かしい何かや新しい発見はあるかな?

僕たちはこのまま宿へ戻ってしまうのを迷った。


2009年05月27日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 13)

5月13日(水) ⑥

地下鉄でファランポーン駅から2駅先のシーロムへ行き、そこから地上に出てすぐのサラデーン駅でスカイトレインというモノレールに乗り換える。

地下鉄もモノレールも開通して数年らしく、あまりにもきれいで「タイも進んだなぁ」とぼやく。
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べつに文句を言いたいわけではないのだが、日本と何ら変わらない感じでまるで印象に残らない。
強いて挙げれば地下鉄の切符がオセロの黒みたいなヤツで、スカイトレインの切符がテレホン・カードみたいなヤツだったくらいのものである。

構内に入ると、壁にこんな看板。
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我々の税金はここで使われてたりするのだろうか?

券売機のEnglishと表示された部分をタッチすると、一瞬にしてミミズの這ったようなタイ文字からアルファベットになる。
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外国人にも優しい。しかし、あんな看板付けるくらいなら日本語の表示も可能にしたらいいのに。

切符というよりオセロの黒。
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紙製よりエコかもしれない。

改札ももちろん自動。
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やけに閉まるのが速い。

サラデーン駅からサーヤム駅までも2駅。
その昔、この辺りをとぼとぼと歩いている時に見上げた高架工事が、このモノレールだなんて全然知らなかった。
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スカイトレイン券売機。
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コインしか使えないので紙幣しか持ってない場合は窓口で両替しなければならず、それを考えると自動券売機である意味はない。

テレカではない。
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ごく普通の日常に思えてる。
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サーヤム駅は様々なデパートと連結している。
僕とCIはその中のひとつサーヤム・パラゴンへ向かった。
このデパートには国が少数民族を支援する店が入っていて、その少数民族が織った生地で作ったコンバースがあるというのでそれを買いに来たのだった。
旅行前、GSのSにこの話を聞かせたら「自分にも買ってきて欲しい」と言っていたので店員に訊ねるがハイカットはなかった。
結果、自分のだけ買ってちょっと心苦しい。
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その後、大通りを渡ったサーヤム・スクエアをうろつく。
サーヤム・スクエアとは軽く碁盤の目状になった路地に様々なテナントが入っている区画のことを指すのだが、ここも相変わらずおもしろくない。
バンコクの原宿なんて呼ばれても何だか寂れた都市の街興し感は否めないし、昔のように偽物の丸井があったりとかそういうバッタものチックな臭いがまったく消え、若者が集まるオシャレな街というより、もはや「ナウなヤングが大集合!」といった昭和風情しか感じない。

チャイナタウンの後だったのがいけなかったのか…興奮のない我々は疲れ果ててしまった。
休憩でもしようかと「確か、あの辺りにマックがあったはずだ」と行ってみると、なぜかダイソー。
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100円均一ではなく60B均一である。
60Bというと約180円なので日本より高いことになる。
おまけに撮影禁止である。
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少しだけ好奇心が復活。
中を覗くとこの疑問はあっという間に解決。
すべての商品が日本語なのだ。
ということは全部輸入物。
中国→日本→タイってことだ。そりゃ高い。

ゆっくり茶を飲めそうな場所もなく、かといって歩きまわって探そうという気力もない。

もう帰ろうかという話になるのは当然だった。
大通りの歩道へ出て、トゥクトゥクを捕まえる。
カオサンまで15分くらいの道程だ。
だがこの兄ちゃん、若いせいか昨日の運ちゃんとは比べものにならないくらいスリリング。

夕方の混んでる道を嫌い反対車線を逆走するわ、片側二車線の右側から一気に左折しようとするわ、とんでもないのである。


[この兄ちゃん、結構ハード]






彼のおかげでカオサンに着いた我々は、すっかり元気を取り戻せた。
だって手すりに捕まりながら笑うしかないのだから。

思えばチャイナタウン~サーヤムとずいぶんカオサンを離れていた気がする。
この無国籍で無責任な通りはやけに旅行者を安心させてくれるのだ。
とはいえ、サーヤム・スクエアでの考えが残っていたのだろう。
昨日歩いた時に見つけたマックに入ってみる。

タイのドナルドさんはこんなポーズ。
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(ちなみにドナルドではなくロナルド。日本だけがドナルドらしい)

中へ入る時、ビルの壁を見てふと気づく。
「あれ? 俺、この建物の名前見覚えがあるぞ…」
なるほど、Buddhy's何とかと書いてある。
昔、ここにあったレストラン・バーで衛星中継が見られると聞いて、朝早くからマイク・タイソンの世界タイトルマッチ(確かブルース・セルドン戦)を観に来たのだった。

さておき、マクドナルドinバンコク

だいたい世界のいろんな国に支店を出してる飲食店というのは、その国の舌に合わせて成功しているのが常である。
例えば以前の旅でどうしても日本食が恋しくなりバンコクのオフィス街シーロムの吉野家に行った時は妙に甘辛く、付け合わせもなぜかキムチで全然懐かしさを感じず損した気分になったくらいだったし、これは実際に行ったことがあるわけではないがインドのマクドナルドは宗教の関係で鶏肉のみらしい。

「では、タイのマックはどんな感じなのだ?」
「おっ、サムライポークバーガーって、たぶんてりやきマックバーガーのことだね!」
「あえて普通にハンバーガーとフイレオ・フィッシュとかにした方が違いがわかるんじゃねえか?」
と軽く盛り上がり、ポテトとドリンクのセットを注文。
中学の時に近所のジャスコが開店し、あの頃埼玉ではまだマックが珍しくて、ごちそうを食うような気持ちになったことを思い出した。

トレイを受け取り席に着く。
コーラがデカい!
Mサイズでもこれ。
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さすが暑い国だけある。
アメリカンサイズ。

でもハンバーガーは日本サイズ。
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フィレオフィッシュも日本サイズ。
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味も日本と変わらなかった…。
わりと高えし…。


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2009年05月26日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 12)

5月13日(水) ⑤

タイの雨季といえば突然真っ黒な雲がやってきてスコールが洪水の如く降り注ぎ、1時間もすればまたあっという間に焼けつく日射しが照りつけるものだとばかり思っていたが、この雨季に入り始めの季節はそうでもないらしい。
僕は当時この時期にはすでにインドにいたので、そういう経験がなかった。

朝からさっきまでずっとどんよりとしていて、時々太陽が顔を出しては隠れてしまうくり返しだった。
でも食事を終え和成豊を出る頃になると、外はようやく日の光に晒され、すぐさまジリジリと肌に灼きつけた。

再びヤワラーを歩く。
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13年の時を経たバンコクには地下鉄とモノレールが開通していた。
僕たちはそれらに乗ってみようと駅へ向かっていた。
地下鉄の駅は大通りを挟んだ国鉄ファランポーン駅の目の前にあるらしい。
またまた脳内で記憶の扉を開けまくる。
かつてよく利用した運河ボートの停留所がわかれば、すんなり辿り着けるはず。

街は排気ガスにくすんでいた。
いや、実際はそうでもないのかもしれないが、そう見えた。
アスファルトの照り返しが目を細めるほどまぶしいのに、漢字だらけの看板の鮮やかな色彩も耳を劈く車やバイクの躍動も、その混沌とした興奮の裏側で妙な虚無感に包まれていた。

まるで現実じゃないみたいだ。

ある日、運河ボートでチャイナタウンを訪れた僕はYさんという人といた。
カンボジアの安宿で出会い、一緒にバンコクまで戻ってきた時だった。
Yさんはその時31歳で、いわゆる「運び屋」をやっていたが、普段は聡明で優しく頼りがいのある兄貴的存在だった。

そのYさんが「てっちゃん、女買ったことあるか?」と言うので首を横に振ると、
「じゃあ、どんなに飢えていても絶対ヤリたくなくなるとこへ行こう!」と含み笑いを浮かべ、カオサン近くの舟着き場へ走ったのだった。

ファランポーン駅周辺でボートを下りると、Yさんはどんどん路地へ入って行った。
僕自身、それまでにも幾度かチャイナタウンに来たことはあったが、こんなにもメインから外れた通りには怖くて入れなかった。
時折ヤワラーに似た通りへ出てはまた路地へとくり返し、再び別の大きな通りに出ると、その軒に連なる怪しげな一軒の階段をゴトゴトと音を立てながら二階へ上がる。
すると煤けた木の廊下づたいにドアが並び、その横で中華系の女性たちが椅子に腰掛けていた。
便所の電球程度の灯りでよく見えないが、真っ白に塗りたくられたその顔はどう見ても中年以上。
Yさんによれば、気に入った女性がいれば声をかけ、その横のドアから部屋に入り…というシステムだという。
そして「こいつら全員、エイズらしいよ」と続けた。
我々に気づいた女性たちが一斉に「ハロー、ジャパニー?」「ハロー、ジャパニー?」と声を発する。
低く生気のないその声はお経のようで今でも耳にこびりついている。
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我々は文字通り逃げるように外へ出た。
「な、こえーだろ?」Yさんが笑う。
右の口元から銀歯が見えた。
Yさんが笑うといつも見えるその銀歯が僕には何故か印象的だった。
「嫁が事故で死んじゃってからはずっとこんな生活だよ」と笑った時も、確かそんな感じだった。

歩きながら、そんなことを思い出していた。

どうやら僕とCIはまたもや道を外れてしまったらしい。
幸い上記のようないかがわしい雰囲気の通りではないものの、ド派手な看板が消えた代わりに道幅がやや狭まり軒並み工場ばかりになっていった。
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ただ不思議なことにどこも仕事をしている様子はまるでなかった。
建物と歩道の境目辺りにしゃがみ込み、しゃべっているだけ。
しかし、我々がそこを通り過ぎようとすると彼らは会話を止める。
最初は外人が珍しい地区なのかな? なんて話していたのだが、どうもそうじゃないらしい。
彼らの視線が凄い。
その焦点はCIの足だった。

CIはカオサンで買った長いスカートを履いていたのだが、それが涼しいように薄い生地でできていて、この強い日光の下で付け根辺りまで透けるのが原因らしかった。
いくつもの視線が足を追いかける。
もしこの男たちが襲って来たらどうなるんだろうか?
さすがに真っ昼間だけに無いだろうが、こいつらが一斉にかかって来たらひとたまりもない。
旅行者ばかりのカオサンにいて、ずいぶんと治安が良くなったものだなんて関心していたが、やっぱりどこもかしこも安全になったとは言えないのだ。

僕たちは交番で訊いたファランポーン駅への道を足早に歩いた。

少し行くと、お巡りさんが教えてくれたとおりセブンイレブンが見えてくる。
その交差点を左折すれば駅だと言っていた。
おお! 嘘じゃなかった。インドではこうは行かない。だいたい嘘つかれる。
我々はそちらへ渡るため、横断歩道で信号を待った。

バンコクの信号には、あと何秒で青になるかを秒読みするカウンターが着いている。
それに目をやっていると、また視線。
隣で信号待ちするデブが一人、CIの足に目を凝らしている。
ただ、さっきまでの工場の連中と違い単独だからか、このデブは気弱だった。

眉をしかめた物凄い形相で凝視。
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こちらが大袈裟に「何見てんだよ!」的アクションをすると…
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そしてまた眉をしかめた物凄い形相で凝視。
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さらに大袈裟に「何見てんだよ!」的アクションをすると…
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これをくり返してるうち信号はすぐ青になった。

セブンイレブンを左に折れると、ボートが走っていた運河があった。
ほどなく古い体育館のような国鉄ファランポーン駅が見えてくる。
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駅前は記憶と違い、大きなロータリーになっていた。
区画整理されたのかもしれない。
そこを過ぎると歩道の真ん中に建つ建物に人が吸い込まれていくのが見えた。

おそらくあれが地下鉄駅だろう。


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2009年05月22日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 11)

5月13日(水) ④

次なる目的地は和成豊魚翅。
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(借用画像)

ここは旅行前から噂を聞いていて、
「どうもカニやフカヒレが安く食えるらしい。行くしかないぞ!」と決めていた店だ。
というわけで今回はタイまで来て、安いからってわざわざ中華料理を食おうってお話。
 
和成豊魚翅の和成豊とはフアセンホンと読むらしく魚翅はフカヒレの意である。
入口に厨房があり、大きなフカヒレがぶら下げられ、鍋がグラグラ煮立っていた。
奥へ促され卓に着く。
店内はゴチャゴチャした入口の印象に比べると整然としていてわりと広い…が暗い。
女性店員はみな真っ赤なユニフォームを着ているが、その鮮やかさが逆効果で全然華やかな感じがしないとこが何とも中国的なイメージ。

メニューは漢字と英語で書かれてる。
こういう時、漢字というのは本当に便利だ。
我々日本人にもだいたいの予想ができるので、僕はかつての旅であまり情報がない土地を訪れる際にはまずは必ずチャイナタウンを目指していた。
そう考えると、少なくともアジア圏の国には大抵どこでも華僑がいるってのはすごい。

で、とりあえずビール。
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(ビアシンことシンハビール)(借用画像)

でもって早速フカヒレを注文。
それにサラダも食おうってんで、エビとクラゲの入ったヤツを頼んだ。

このフカヒレで300B(約900円)。
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クラゲの方は忘れた…。
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味はといえば、素晴らしく美味い…スープが!
なぜなら、元来フカヒレ本体がどんな味なのかよく知らないので、正直なとこ基準がわからない。

屋台料理同様、一皿の量が少ないので、ビールを追加し香港炒麺(150B=約450円)と、蟹炒飯も注文。
すげー美味い!…がこれらも何が美味いのかまではわからない。
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(舞い上がりすぎて食う前に撮るのを忘れた…)

やはり、普段フカヒレといえばインスタントのスープくらいでしか覚えがなく、カニなんか下手するとカニかま食わされたって欺されるレベルの人間では表現できないのだろうか?

「グルメなヤツらがアホみたいに喜ぶ物を激安で食ってやろう」という貧乏人根性だけが動機とあっては、高級食材レポートなど歯痒い内容になるだけなのであった。

我ながら育ちの悪さを露呈。
けれども、とにかく満腹にはなった。


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2009年05月21日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 10)

5月13日(水) ③

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あんまり路地を歩いてるとどこがどこだかわからなくなりそうだったので、どこまで続いているのやら先の見えない薄暗さを抜け再びヤワラーへ戻った。
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「あれ? さっきと風景が変わってねぇ」

古びた街並みに金を売る店や中華料理店が並び、屋台がせめぎ合う。
人がぶつかりそうになりながら行き交い、大声を出さなければ会話も出来ない。
その雑踏が僕たちを圧倒するせいか景観変化の判別が難しい。

実のところ、僕はバスでこのヤワラーに来た経験がなかった。
大概はカオサン近くのバンランプーから、国鉄ファランポーン駅周辺まで現在は廃止になってしまった運河ボートで行っていた。
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(借用画像)

このファランポーン駅というのはチャイナタウンの外れというか始点にあたる。
いわば今、我々が歩いてる方向のずっと先ということだ。
ただでさえ記憶が曖昧なのに、反対側から進むのではさっぱり見当がつかない。

当然、迷った…。

30分くらいうろついただろうか? やっとのことで何だか見たことのある建造物を発見。
中華門とかいうガイドブックに出ていたヤツだった。
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俺には実際にそれを見た記憶はなかったが、どうも隣に見えるのはワット・プラケオという寺らしい。
それなら何度か前を通ったことがある気もする。

仕方なく往来で地図を広げる。
人間、時と共に変わるものである。
ダサいと思われても結構。ビギナー狙いの悪い人も上等。
開き直り加減がひどく図々しくなったものだ。

地図に誘導されて行くと、道路の広さのわりに閑散としてきた。
おそらくは商店らしき地域を外れてるだけだろう。
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僕たちはジュライ・ロータリーを目指していた。
またまた僕の思い出巡りツアーになってしまうのだが、
このロータリー近くにあった楽宮旅社というところに一泊だけしたことがあったのだった。
昼間だというのに暗い部屋の人型に凹んだベッド、シャワーだと平然と言い張るが単に蛇口から垂れ下がるホース。
物見遊山で訪れたものの、海外一人旅二泊目の体験にしては強烈といえば強烈だった。
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(この辺りだったと思う。 96年撮影)

ロータリーはその名の通り噴水をぐるりと囲む道路から、様々な方角に放射状の道路が延びている。
我々は散々歩き回ったわりにあまりにもあっけなくジュライ・ロータリーに辿り着いた。

噴水は出ていなかった。
そして僕は何も思わなかった。
何故だろう? 何の感動も感傷も込み上げてこない。
ロータリー周辺自体はたいして変化した様子もないように思える。
旅行前の期待が大きすぎたのだろうか? 妙に味気なく感じる。
あの13年前に、やけにまぶたの裏に焼き付いた、まぶしい日差しに晒された噴水のイメージとはかけ離れていた。
今日は晴れたり曇ったりで、今が若干曇天のせいだからかな?
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CIと軽口を交わしつつも内心で自問自答してみる。
でも結論は出なかった。

「何だかこんなとこだったかなぁ…」という感情しか湧き上がってこない。

きっと僕自身の問題なんだろう。
バイオリズムとか、たぶんそんなヤツのせいさ。

我々は、現在は閉鎖されてるらしい楽宮旅社の跡地にも赴くことなく次の目的地へ向かうことにした。

再訪というものが必ずしも心躍らせるとは限らないことを俺は知ったのだった。


<2010年再訪時撮影 楽宮旅社とその隣の北京飯店>
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2009年05月18日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 09)

5月13日(水) ②

プラアーティット通りのバス停から53番のバスに乗る。
このバスはちょうど山手線のようにバンコク市内を循環していて、このカオサン裏から昨日行ったワット・ポー近くを通りチャイナタウンを抜けてまたカオサン裏まで戻ってくるエンドレスルート。

ということは、万が一迷ってもまたこの53番に乗れば、いつかは元の場所に帰って来れるという比較的安心な路線ってことだ。

僕たちがバス停の手前に立つと5分もしないうちにその53番はやって来た。

なぜ手前に立って待っていたのかというと、バスを待つ人たちがみんな手前に立っていたからである。
では、それはどうしてなのかと言えば、バスが手前で徐行しはじめるからであって停車はしないからだ。
そしてバス停のところまで来ると徐行をやめて普通に走り出してしまう。
だからまずは徐行してもらえるよう手を上げて意志を伝え、その後すぐさま小走りで飛び乗らなくてはならない。

我々が乗ったのは通称赤バスというヤツ。
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(96年、ファランポーン駅近くにて撮影)

他にもこんなのや、
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こんなのもある。
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(借用画像)

これはソンテウというバスの一種。
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(96年、ホアヒンにて撮影)


乗り込むと車掌がやってきて、乗車賃を回収しにくる。
昔は確か3.5Bだったんだが、今は7Bに値上がりしていた。
僕は車掌に「ヤワラーに着いたら教えてくれ」と言った。
ヤワラーとはバンコクのチャイナタウンの中心地である。
車掌は笑いもせずうなずいたが、とても爽やかな男で、さしずめ「憧れのバスケ部の先輩」といった雰囲気だった。

バスは激しくボロい。
エアコンなどもちろんなく、窓はすべて全開。
床はこのご時世だというのに木である。
毎日を日曜日にする方法
もしかしたら、同じ車があの当時から走ってるんじゃないだろうか?


けたたましいエンジン音と共に猥雑な町並みをウネウネと曲がり、窓外の景色は次第にディープになっていく。
毎日を日曜日にする方法
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だんだん道端にゴミが増えていく。
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生きるプロ。
毎日を日曜日にする方法

前の席にハゲた爺さんが座っていた。
よく見ると頭頂部にイレズミがある。
どうにか写真に収めたかったが、ちょっと怖くて無理だった。
毎日を日曜日にする方法

毎日を日曜日にする方法

チャルン・クルン通りの辺りまで来ると街中の看板にタイ語が減り、ほとんどが漢字になっていく。
毎日を日曜日にする方法

そしてしばらくすると「憧れのバスケ部の先輩」車掌がやってきた。
どうやら次のバス停がヤワラー周辺みたいだ。

バスが渋滞に巻き込まれ停車すると、なぜかそこでドアが開いた。
あぁ、なるほど。停まったついでに降りろってことね。
僕たちは「憧れのバスケ部の先輩」に礼を言い、降りた。

が、およそ胸の高さまであるガードレールがずっと続いてるし…。

歩道に入れるまでずいぶん歩かされた。
けれども実際は車道も歩道も歩きにくいことに大差はなく、渋滞でのろのろの車を避けて歩くか、どこから湧いてきたかってくらいの人を避けて歩くかの違いだった。

中には間隙を突いて歩道を爆走する、こんなジジイまでいる。
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あまりにも歩きにくいので我々は裏通りを歩いてみることにした。
裏通りといっても、ようするに路地である。
毎日を日曜日にする方法

でも、その水はけが悪くじめじめとした中に人々の生活があった。
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何やらよくわからない荷物が道端に積み上げられ、そこで飯を喰らい、臭い空気を吸って生きている。
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この子はここで生まれて、将来もここで生活していくのかな? なんてことが脳裏をよぎる。
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僕が13年間記憶に残していたバンコクはむしろこんな絵だったんじゃないか?

ふと見上げた空はとても狭かった。
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2009年05月18日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 08)

5月13日(水) ①

滞在二日目。8時半起床。
しかし10時頃にならないと外へ出てもつまらないので、とりあえずシャワーを浴びる。
外はしとしと雨。雨季とはいえ、やはり熱帯。暇さえあればシャワーを浴びたい。
けれどもこの部屋のシャワー、スイッチONのタイミングが悪いとどうにも湯にならない。
まぁ水でもいいっちゃいいんだけど、ホットシャワーって言われるとやっぱホットで浴びたくなるもんだ。
あとはその逆。困るのはむしろこっち。突然、熱湯地獄。


さておき、本日も朝食はランブトリのぶっかけ飯。
僕はチキンカレーっぽいヤツに豚の塊を載せたヤツ。
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CIは野菜炒めとグリーンカレー。
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二人で130B。
路上食いとしてはちょっと高いかも。
金払う時、オヤジは金額忘れてたけど。

食後、コーヒーでも飲もうかと我々の滞在する宿周辺、すなわち寺裏地区の老舗であるSawasdee Houseの1階へ。
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[Sawasdee House周辺]


ここは俺がかつてタイを訪れた最初の夜に泊まった宿だ。
NAT2よりはきれいだがシングルの部屋はかなり狭くベッドには南京虫がいた。
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Sawasdee Houseの1階が広くなったような…ずいぶんと雰囲気が変わった気がする。
帰国後、昔書いた旅日記を読み返してわかったことだが、当時は隣にTerrace Guest Houseという宿があった。
どうもそこがなくなって、その敷地をSawasdee Houseが増築したようだ。
Terrace Guest Houseにも泊まったことがあったけど、薄暗くて怪しかったな。
洗面台に巨大ゴキブリが出没したのを憶えてる。


閑話休題。
ここではフルーツをつまみながらCIはコーラ、俺はビール。
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結局誰もコーヒーは飲まなかった…。

そして一旦宿へ戻り、いよいよ我々はチャイナタウンへ行く準備をするのであった。

ちなみにタイで食うパイナップルの美味さは異常である。
そして、無愛想かと思えばいきなり大声で歌いだし、手が空けばテーブルに突っ伏して寝るSawasdee Houseの店員も…。



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2009年05月17日livedoorBlog掲載文改訂

改訂版 そこに僕はいた (09.5 バンコク旅行記 07)

5月12日(火) ⑥

CIに起こされ、自分がベランダで寝てしまったことを知る。
一瞬、このままシャワーを浴びてまた寝ようかとも思ったが、
僕にはどうしても行っておきたい場所があったことを思い出す。

まぁ、どうってこともないんだが、お粥屋。

あのお粥屋台は今でもあるんだろうか?
先日、ふと思い出し、ネットを巡っているとどうやら今でもやってるらしい。
13年前、辛いか甘いかで胃袋が疲れた時、日本食が恋しくなり少しでも似たものを食いたいと思った時、
タニ通りとタナオ通りとの交差点のセブンイレブン前に深夜しか出ないお粥屋台へよく通ったのだった。

卵なし25B 卵入り30B
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油条という揚げパンみたいなヤツを入れるとこれまた格別なのだが、
別料金だったっけか…いくらか取られた。

懐かしいお粥の味で完全復活。
帰り際、またもやビールを買って帰り、ベランダで呑む。
今度はちゃんとシャワーを浴びてベッドで撃沈。


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2009年05月17日livedoorBlog掲載文改訂