ゲストハウス備忘録
タイ バンコク
・Sawasdee House
S:150B~160B 空港で出会った日本人に着いて行った宿。南京虫が凄かったせいか耐性ができたのか、以後の宿では刺されなかった? ふと部屋の壁に掛かった額縁の裏を覗くと「さようなら、ここで死にます」と日本語で落書きがありビビった。

・楽宮旅社
S:60B 今は亡き、悪名高きチャイナタウンの宿。とはいえ汚いがわりと居心地が良かった気がする。

(2010年 再訪時撮影)
・Terrace GH
W:120B(A/C) 上記サワデーハウスの隣辺りにあった。代理店もやっていた。エアコンが効きすぎて凍えた。洗面台に巨大ゴキブリ。
・NAT2
S:80B カオサンの東側、郵便局の方。刑務所風味。なぜか好きだった。現在は日本人宿?
(2009年 再訪時撮影)
・Dio GH
S:80B カオサンのド真ん中。カトマンズから戻り一泊だけした。夜中、部屋の電気が消え、真っ暗闇で過ごした記憶。
・Happy House 2009年再訪泊
W:500B(A/C) 後に嫁となる同居人と渡航したので料金より快適さを選択。この価格帯だけありだいぶ清潔。 上階のベランダは眺めがいいがエレベーターがないのでしんどかった。一階はおしゃれな食堂。

・MyHouse GH 2010年再訪泊
T:200B 仕事のスタッフ男4人と同行。料金を鑑みればかなりきれい。
タイ ホアヒン
・Mod GH
S:150B 小学生くらいの女の子がかわいかった。海岸に建ち、夜になると床下から潮騒。朝、目覚めると胸の辺りにタランチュラのようなクモがいてビビった。

タイ ハジャイ
・國泰旅社(Cathey Hotel)
S:150B 薄暗いイメージ。 夜、ドアをノックしてきた娼婦のおばちゃんが「ガール?ガール?」と訊ねて来るので「どこにガール?」と訊くと、自らを指さし「ガール」と歯茎をムキだしにして微笑んだ。
マレーシア クアラルンプール
・鴻園大旅社(Colonial Hotel)
S:20Rm 毎晩、壁の隙間から巨大なドブネズミが侵入し駆けずり回る。窓ガラスは所々抜け落ち、共同便所のウンコが流れず溢れかえってる。雨漏りがひどく、そのドス黒くドブ臭い水が人型に凹んだベッドに容赦なく落ちる。壁はベニヤ一枚。最悪。
・申江旅社(Sunkong Hotel)
T:28Rm
上の鴻園大旅社に耐えきれず避難。若干高めだがきれいだったと記憶。
マレーシア ペナン
・杭州旅社(Hang Chow Hotel)
S:20Rm おばちゃんがいい人だった。わりと清潔。1階が食堂。
マレーシア マラッカ
・Sunnys Inn
S:15Rm 家族経営のわりと清潔な宿。天井が高く3mくらいあった。広間には日本語の本が多数あった。
シンガポール
・天一景酒店(Air view hotel)
S:60S$(A/C) チャイナタウンのマックスウェルホーカーズにほど近い。エアコンにテレビ、ドレッサーと、これできれいなら普通のホテルのよう。宿泊客は地元の人が大多数でラブホテルのように使っていたみたい。
ベトナム ホーチミン・シティ
・Quan GH
W:8US$(A/C) デタム通りの脇。家族経営の宿で体調を崩していた僕を気遣ってくれ、何度も夕飯を共にさせてくれた。
カンボジア プノンペン
・Capitol 2
S:2US$ 夜中に階段の踊り場で、強盗に遭う人が何人かいた。一階の脇に食堂があり、当時ミポリンというあだ名の中山美穂似の女の子が働いていた。NAT2よりも刑務所風味。雨が降ると宿の前の路地はグチャグチャになった。共同シャワーは壁の下半分が隣のシャワー室と繋がっていて、ちょうど浴槽のような水瓶になっていたので、隣でシャワーを浴びる人の裸体が水面に映った。部屋に窓はない。
カンボジア シェムリアップ
・Takeo GH
T:2US$ トンレサップ湖の船着き場から客引きに連れて行かれた。当時は平屋でどの部屋もツインなのだが、料金はベッド一台につき。要は細かく仕切られたドミトリーのようなもの。真ん中にリビングがありそこを囲むように部屋があるので、夜、停電するとみんなそこに集まりガ○ジャをやっていた。料金は後払いで、何日泊まったか、冷蔵庫から何をどれだけ飲んだかを自己申告する。洗濯無料。当時のシェムリアップはゲストハウスを番地の番号で呼ぶ人が結構いた気がする(タケオはNo.258 チェンラはNo.260)
(2010年 再訪時撮影)
・Khmer Angkor GH 2010年再訪泊
T:12US$(A/C) 後に嫁となる同居人と渡航したので料金より快適さを選択。発展した国道6号線沿い。オーナーをはじめ、従業員が皆親切。日本語がかなり通じる。部屋のバリエーションもドミトリーからトリプル(A/C)まで幅広く、毎日シーツを替えてくれる。食堂のメニューも美味く、それなりに安い。現在は改装してKhmer Angkor Innと改名したらしい。

インド デリー
・Sheraton Hotel
S:15US$ 深夜の空港到着時、タクシーに欺され連れて行かれた。公営を証明する書類を見せられたので信じてしまったのは、旅慣れてない僕がまだまだ甘かった証拠か。周囲が真っ暗で路上生活をする皆さんの焚き火の灯りしか見えず、実際にはデリー市内なのかも定かではない。当然だが値段のわりに部屋は汚く、10分に一度ボーイが入れ替わり立ち替わりドアをノックし「何かくれ」と言う始末。
・Ringo GH
料金失念。 上の宿で一夜を明かし、チェックアウトをしようと思ったらガイドをするとしつこくつきまとう運転手にコンノート・プレイスまで行かせ、写真を撮ってやると言い、運転手が背を向けた瞬間に逃げて辿り着いた宿。二階にあり、真ん中が野外食堂的になっていて、その周囲が部屋。ドミトリーが満員だったのでシングルにしたら、便所と見紛うほどの狭さ。壁はベニヤ一枚。当然のように窓はない。

インド ジャイプル
・Stepheis GH
S:80Rs 一時間半ほど迷って新市街にあるこの宿に辿り着いた。時計に付いてる温度計が52℃を指して壊れていた。壊れたからこの数字なのか、気温が高すぎて壊れたのかは不明。昼はもちろん夜中も暑くモルタルの床にバケツで水を捲いて寝た。


インド アグラ
・Hotel Sakura
W:125Rs(A/C) パプーという気のいい従業員がいた。食堂のスパゲティは給食のソフト麵を茹で過ぎた感じで、そこにケチャップがかかっているだけだった。滞在時、現地でもめずらしいという大粒の雹が降り、軒下で見物していた僕の足下に宿の看板が落ちてきた。


インド バラナシ
・VISHNU GH
W:80Rs サイクルリクシャのオッサンに下のVISHNU REST HOUSEと間違えられ連れて行かれた。料金の折り合いがつかず路地へ出ると、アグラで出会った吉田さんという方とバッタリ再会した。吉田さんも間違えて連れて来られたところだった。吉田さんとシェアして何故か一泊だけした。

・VISHNU REST HOUSE
D:30Rs S:60R W:100R テラスから臨むガンジス川が素敵だった。ここでも吉田さんという方とシェアしたが、外出して戻ると部屋に猿がいた。後にドミトリーに移ったある日。天井で唸るファンが落っこちてきて、危うく2つ隣のベッドのオージーに直撃するところだった。汚いがとても気に入った宿。
ネパール カトマンズ
・Trans Himalayan Hotel
W:120Rs 空港からタクシーに連れて行かれた。本来は15US$だがオーナーのナビンさんという方が埼玉県の八潮市で働いていたという縁で、埼玉県人の僕にとても良くしてくれた。なので宿代は言い値。

・BLUE SKY GH
S:4US$ ポカラからの帰り、また言い値で泊まるのは悪いと思い、ナビンさんの宿には行かず、ここへ泊まった。タメルの北の方にあった気がする。
・名前失念Hotel
S:60$ バンコク行きのロイヤルネパール航空が飛ばず、航空会社保証のおかげで無料で一泊。
ネパール ポカラ
・Yad Hotel
S:20Rs ダムサイドにあった家族経営の宿。インド・ネパール圏では、ここのお母さんのダルバートが一番口に合った。屋上は眺めが良く、昼はヒマラヤが、夜は天の川がきれいに見えた。ここもきれいではないが気に入った宿。

香港
・NEWYORK GH
S:160HK$ 重慶大厦のB座7F。インド人経営。狭いがテレビがあった。廊下が狭く、暑くてドアを開け放して寝ようとしたら、向かいの部屋の黒人もドアを開け放していて玉のような汗をかき、僕を見つめていた。怖くてすぐ閉めた。たぶんゲイの方。ぎりぎりイギリス領だった。
台湾 台北
・ホタル学生宿舎
料金失念。確か三階にあり、入る時はまず一階のインターホンを押し、日本語を話す経営者のお婆ちゃんに開けてもらわねばならなかった。ベッドはあるが布団はなく寝ると背中が痛くなった。お婆ちゃんはとても親切で無料で洗濯をしてくれた。何故か滞在中、吉野屋の牛丼ばかり薦められた。
※再訪泊という記述がない宿はすべて1996年泊。
※S:はシングル、W:はダブル、Tはツイン、D:はドミトリーを指す。
※料金末尾の(A/C)はエアコン付。
※料金は交渉後の金額も含む。
※各国の当時のレートがわからない。
※当時の日記から抜粋ゆえ料金は誤情報の可能性も有り得る。
・Sawasdee House
S:150B~160B 空港で出会った日本人に着いて行った宿。南京虫が凄かったせいか耐性ができたのか、以後の宿では刺されなかった? ふと部屋の壁に掛かった額縁の裏を覗くと「さようなら、ここで死にます」と日本語で落書きがありビビった。

・楽宮旅社
S:60B 今は亡き、悪名高きチャイナタウンの宿。とはいえ汚いがわりと居心地が良かった気がする。

(2010年 再訪時撮影)・Terrace GH
W:120B(A/C) 上記サワデーハウスの隣辺りにあった。代理店もやっていた。エアコンが効きすぎて凍えた。洗面台に巨大ゴキブリ。
・NAT2
S:80B カオサンの東側、郵便局の方。刑務所風味。なぜか好きだった。現在は日本人宿?
(2009年 再訪時撮影)・Dio GH
S:80B カオサンのド真ん中。カトマンズから戻り一泊だけした。夜中、部屋の電気が消え、真っ暗闇で過ごした記憶。
・Happy House 2009年再訪泊
W:500B(A/C) 後に嫁となる同居人と渡航したので料金より快適さを選択。この価格帯だけありだいぶ清潔。 上階のベランダは眺めがいいがエレベーターがないのでしんどかった。一階はおしゃれな食堂。

・MyHouse GH 2010年再訪泊
T:200B 仕事のスタッフ男4人と同行。料金を鑑みればかなりきれい。
タイ ホアヒン
・Mod GH
S:150B 小学生くらいの女の子がかわいかった。海岸に建ち、夜になると床下から潮騒。朝、目覚めると胸の辺りにタランチュラのようなクモがいてビビった。

タイ ハジャイ
・國泰旅社(Cathey Hotel)
S:150B 薄暗いイメージ。 夜、ドアをノックしてきた娼婦のおばちゃんが「ガール?ガール?」と訊ねて来るので「どこにガール?」と訊くと、自らを指さし「ガール」と歯茎をムキだしにして微笑んだ。
マレーシア クアラルンプール
・鴻園大旅社(Colonial Hotel)
S:20Rm 毎晩、壁の隙間から巨大なドブネズミが侵入し駆けずり回る。窓ガラスは所々抜け落ち、共同便所のウンコが流れず溢れかえってる。雨漏りがひどく、そのドス黒くドブ臭い水が人型に凹んだベッドに容赦なく落ちる。壁はベニヤ一枚。最悪。
・申江旅社(Sunkong Hotel)
T:28Rm
上の鴻園大旅社に耐えきれず避難。若干高めだがきれいだったと記憶。
マレーシア ペナン
・杭州旅社(Hang Chow Hotel)
S:20Rm おばちゃんがいい人だった。わりと清潔。1階が食堂。
マレーシア マラッカ
・Sunnys Inn
S:15Rm 家族経営のわりと清潔な宿。天井が高く3mくらいあった。広間には日本語の本が多数あった。
シンガポール
・天一景酒店(Air view hotel)
S:60S$(A/C) チャイナタウンのマックスウェルホーカーズにほど近い。エアコンにテレビ、ドレッサーと、これできれいなら普通のホテルのよう。宿泊客は地元の人が大多数でラブホテルのように使っていたみたい。
ベトナム ホーチミン・シティ
・Quan GH
W:8US$(A/C) デタム通りの脇。家族経営の宿で体調を崩していた僕を気遣ってくれ、何度も夕飯を共にさせてくれた。
カンボジア プノンペン
・Capitol 2
S:2US$ 夜中に階段の踊り場で、強盗に遭う人が何人かいた。一階の脇に食堂があり、当時ミポリンというあだ名の中山美穂似の女の子が働いていた。NAT2よりも刑務所風味。雨が降ると宿の前の路地はグチャグチャになった。共同シャワーは壁の下半分が隣のシャワー室と繋がっていて、ちょうど浴槽のような水瓶になっていたので、隣でシャワーを浴びる人の裸体が水面に映った。部屋に窓はない。
カンボジア シェムリアップ
・Takeo GH
T:2US$ トンレサップ湖の船着き場から客引きに連れて行かれた。当時は平屋でどの部屋もツインなのだが、料金はベッド一台につき。要は細かく仕切られたドミトリーのようなもの。真ん中にリビングがありそこを囲むように部屋があるので、夜、停電するとみんなそこに集まりガ○ジャをやっていた。料金は後払いで、何日泊まったか、冷蔵庫から何をどれだけ飲んだかを自己申告する。洗濯無料。当時のシェムリアップはゲストハウスを番地の番号で呼ぶ人が結構いた気がする(タケオはNo.258 チェンラはNo.260)
(2010年 再訪時撮影)・Khmer Angkor GH 2010年再訪泊
T:12US$(A/C) 後に嫁となる同居人と渡航したので料金より快適さを選択。発展した国道6号線沿い。オーナーをはじめ、従業員が皆親切。日本語がかなり通じる。部屋のバリエーションもドミトリーからトリプル(A/C)まで幅広く、毎日シーツを替えてくれる。食堂のメニューも美味く、それなりに安い。現在は改装してKhmer Angkor Innと改名したらしい。

インド デリー
・Sheraton Hotel
S:15US$ 深夜の空港到着時、タクシーに欺され連れて行かれた。公営を証明する書類を見せられたので信じてしまったのは、旅慣れてない僕がまだまだ甘かった証拠か。周囲が真っ暗で路上生活をする皆さんの焚き火の灯りしか見えず、実際にはデリー市内なのかも定かではない。当然だが値段のわりに部屋は汚く、10分に一度ボーイが入れ替わり立ち替わりドアをノックし「何かくれ」と言う始末。
・Ringo GH
料金失念。 上の宿で一夜を明かし、チェックアウトをしようと思ったらガイドをするとしつこくつきまとう運転手にコンノート・プレイスまで行かせ、写真を撮ってやると言い、運転手が背を向けた瞬間に逃げて辿り着いた宿。二階にあり、真ん中が野外食堂的になっていて、その周囲が部屋。ドミトリーが満員だったのでシングルにしたら、便所と見紛うほどの狭さ。壁はベニヤ一枚。当然のように窓はない。

インド ジャイプル
・Stepheis GH
S:80Rs 一時間半ほど迷って新市街にあるこの宿に辿り着いた。時計に付いてる温度計が52℃を指して壊れていた。壊れたからこの数字なのか、気温が高すぎて壊れたのかは不明。昼はもちろん夜中も暑くモルタルの床にバケツで水を捲いて寝た。


インド アグラ
・Hotel Sakura
W:125Rs(A/C) パプーという気のいい従業員がいた。食堂のスパゲティは給食のソフト麵を茹で過ぎた感じで、そこにケチャップがかかっているだけだった。滞在時、現地でもめずらしいという大粒の雹が降り、軒下で見物していた僕の足下に宿の看板が落ちてきた。


インド バラナシ
・VISHNU GH
W:80Rs サイクルリクシャのオッサンに下のVISHNU REST HOUSEと間違えられ連れて行かれた。料金の折り合いがつかず路地へ出ると、アグラで出会った吉田さんという方とバッタリ再会した。吉田さんも間違えて連れて来られたところだった。吉田さんとシェアして何故か一泊だけした。

・VISHNU REST HOUSE
D:30Rs S:60R W:100R テラスから臨むガンジス川が素敵だった。ここでも吉田さんという方とシェアしたが、外出して戻ると部屋に猿がいた。後にドミトリーに移ったある日。天井で唸るファンが落っこちてきて、危うく2つ隣のベッドのオージーに直撃するところだった。汚いがとても気に入った宿。
ネパール カトマンズ
・Trans Himalayan Hotel
W:120Rs 空港からタクシーに連れて行かれた。本来は15US$だがオーナーのナビンさんという方が埼玉県の八潮市で働いていたという縁で、埼玉県人の僕にとても良くしてくれた。なので宿代は言い値。

・BLUE SKY GH
S:4US$ ポカラからの帰り、また言い値で泊まるのは悪いと思い、ナビンさんの宿には行かず、ここへ泊まった。タメルの北の方にあった気がする。
・名前失念Hotel
S:60$ バンコク行きのロイヤルネパール航空が飛ばず、航空会社保証のおかげで無料で一泊。
ネパール ポカラ
・Yad Hotel
S:20Rs ダムサイドにあった家族経営の宿。インド・ネパール圏では、ここのお母さんのダルバートが一番口に合った。屋上は眺めが良く、昼はヒマラヤが、夜は天の川がきれいに見えた。ここもきれいではないが気に入った宿。

香港
・NEWYORK GH
S:160HK$ 重慶大厦のB座7F。インド人経営。狭いがテレビがあった。廊下が狭く、暑くてドアを開け放して寝ようとしたら、向かいの部屋の黒人もドアを開け放していて玉のような汗をかき、僕を見つめていた。怖くてすぐ閉めた。たぶんゲイの方。ぎりぎりイギリス領だった。
台湾 台北
・ホタル学生宿舎
料金失念。確か三階にあり、入る時はまず一階のインターホンを押し、日本語を話す経営者のお婆ちゃんに開けてもらわねばならなかった。ベッドはあるが布団はなく寝ると背中が痛くなった。お婆ちゃんはとても親切で無料で洗濯をしてくれた。何故か滞在中、吉野屋の牛丼ばかり薦められた。
※再訪泊という記述がない宿はすべて1996年泊。
※S:はシングル、W:はダブル、Tはツイン、D:はドミトリーを指す。
※料金末尾の(A/C)はエアコン付。
※料金は交渉後の金額も含む。
※各国の当時のレートがわからない。
※当時の日記から抜粋ゆえ料金は誤情報の可能性も有り得る。