窪美澄『いるいないみらい』 | 空想俳人日記

窪美澄『いるいないみらい』

 解説で渡辺ペコさんが書いてるように、これは「子を生す・持つ」「家族をつくる」をテーマにした短編集だ。

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 これまで読んだ『ふがいない僕は空を見た』『よるのふくらみ』『晴天の迷いクジラ』『トリニティ』なども、全て長編(『ふがいない僕は空を見た』は、はじめ『ミクマリ』という短編で、その後、連作されたので長編扱いね)なので、同じテーマをあらゆる角度から、短編描写しているので、バラエティに富んでて面白かったよ。

窪美澄『いるいないみらい』04

1DKとメロンパン
 1DKに暮らすどちらも太り気味のご夫婦の話。子羊堂の人気のメロンパンを、奥様は、そんなに美味しいとは思わないのだが、美味しそうに食べる彼女に惚れた旦那さん。子羊堂は、最後の『金木犀のベランダ』で描かれているよ。
 ある時、奥さんの妹さんに赤ちゃんが生まれてね。それを旦那さんが見て可愛いと思って、「子どもが欲しい」と言い出すのよね。でも、奥さんは欲しくないのだ。1DKで暮らしているのも、二人で十分だから。そして、稼ぐ金も、奥さんよりも旦那はんのが少ない。
《「僕は知佳ちゃんとの子どもが欲しいって思ったんだよ。だけど、知佳ちゃんがいらないって言うなら仕方がないことだよ。子どもがいなくても僕は知佳ちゃんとずっと暮らしていきたいと思っているんだから」》
 まあ、子どもは持つとは、父になり母になることでもあるし、子育てするとは、自分たちも父育て母育てをするということだからね。

無花果のレジデンス
 ここに描かれている夫婦は、前の1DKとメロンパンとは逆に、奥さんが、子どもが欲しがるお話だよ。
 手前味噌だが、ボクは25で結婚した(伴侶は20歳)。5年間子供をつくらなかった(今では、すぐに作りゃ良かったと思ってる。父や母になるのなら、若い時に子育てをしながら自分も父親になる母親になるそんな育自(自分ね)成長期を早く送るべきだと思ってる)。ボクが30歳の時、急に伴侶が「子どもを欲しい」と言い出したので作った。まあ、ボクの精子が元気で良かったよ、出来たから(と言いながら、本当に俺の子かあ、そんな感情は男なら誰にでもあると思うけど)。
 ここでの二人には、ちっとも出来ない。奥さんには異常がない。そして、旦那の精子が、人より劣っている、量も活動も。そうして、男にとって、性欲とはかけ離れた精子製造マシーンロボットになっていく、そんな姿を見てて、いやあ可哀想だよ。早い時期に子供をつくろうとしないと、成功しても、不妊治療しなければならない方向に行きやすいのよねえ。

私は子どもが大嫌い
 ここに納められた作品の中で、最も大好きな作品である。主人公の茂斗子は、他の人よりもちょっと年が離れた両親と暮らすサラリーマンだ。いや、一緒に暮らしているのではなく、両親が1Fに住み、その上は、両親が経営する独身者向けのマンション、その最上階の一室に茂斗子は一人で暮らす。夕食は一緒に食べるのだけどね。三十五過ぎても結婚しない茂斗子。彼女は、表題のごとく、子どもが大嫌いだ。一生口に出さないが、心の中で呟く『…』を、引用したい。
《『今、スマホ見てる場合じゃないじゃん!』『今や、赤んぼうや子どもはどこにでも顔を出す。こんな時代遅れの喫茶店にも地雷が隠れていたとは』『あなたたち、邪魔よ。そこをどきなさい』『やっぱり私は子どもが大嫌い‼!』『まったくもう。子どもが起きてる時間じゃないよ』『私は子どもが大嫌いなんです』『げ』『私、子ども大嫌いなんだー。なんで、そもそも、みのりはそんな手のかかるかわいくないもの、わざわざ欲しいの? 夫婦二人のままで良くない?』》
 そして、いるはずのない独身者向けのマンションに「みく」という女の子が。姉の子どもを合う買っているという女性は嘘をついていた。実は自分の子。施設に入れると。
 ここで、あれ? という表現が。自分の両親のこと、本当の娘のように育ててくれた、と。そう、茂斗子は、施設育ちなのだ。今の両親は、血の繋がっていない両親だということが分る。18の時に、そのことを両親から告げられた。施設から子供の出来ない両親に貰われてきた子ども、それが自分だった。
 そして、彼女は気づく。
《この子は嫌にちゃんと面倒を見てもらっているんだろうな、と思うとその子供が憎くなる。さっきの、みくみたいな、昔の自分を見せられているような子どもも嫌いだ。だけど、もっと嫌いなのは、子どもの面倒もろくに見られない大人だ。それは子どもに対する気持ちよりも、もっと激しく、暗くて、茂斗子にとっては抱えきれないほどの思いだ。》
 ボクは、施設の子ではない。だけど、サラリーマン時代、施設への取材をしたり、ボランティア演奏活動では、施設の子どもたちの前での演奏経験もあり、いろいろ施設については知っている。なので、彼女の、「子どもの面倒もろくに見られない大人」ということに痛く共感する。そして、子育てを、安全安心な線路を敷いてエリートのへの道を作ることと勘違いしている親もいる。子どもがいつか大人になり独り立ちするには、子どものうちから自分で考え悩み自分で決める決心するそういう力を身につけさせねばならない。そのためには、育児とともに育自、自分も父として母として一人の人間として、育たなければならない。誰だって初めは初めての育児なのだ。それを人の力任せにしていたら、育自にならない、自分が親として育たない。
 また引用する、口に出しては言わない心の叫び。
《『人の道を教えようとすれば不審者扱いされる世知辛い世の中』『ただでさえ狭い道を、後ろも気にせずのんびりと歩くなんて!』『私は子どもが大嫌い!』》
 昔、娘がまだ小学生の頃、何処かのロープうえぃ乗り場だったか、並んでたら、若いカップルが横入りしてきた。娘は「ねえ、大人なのに、横入りしたよ」と言ったので、ボクは「親のしつけができていなかったからだよ」と答えた。そういう子たちが親になるから、世知辛い世の中、自分たちさえよければいい世の中になっていくのだよ。

ほおずきを鳴らす
 この短編小説の中で、先の『私は子どもが大嫌い』の次に好きな作品である。主人公の男は、かつて結婚をしていた。小さな子どももいた。でも。
 同期入社した彼女と結婚したのは30歳。離婚したのは33歳。二人の間に千夏という子が生まれたが、2歳になる前に他界した。私のせいだ、私がもっと早く気づけば、もうあなたとは一緒括らせない、そうして離婚した二人は、一年に一回、千夏の命日に会うのだが、千夏の死を引きずっている彼は、その後恋愛も出来ないずっと独り身
彼女も同じ、だと思っていたら会社の後輩と結婚することに。
 彼は、千夏が生きていたら何歳だろう、そんな目でしかまわりの女性が見られない。ある日、ほおずきを鳴らす女性と公園で遭遇する。母親も、ほおずきを鳴らす人だったが、今や、病院暮らし。
 脱線するが、ボクのばあちゃんが、よく、ほおずきを鳴らして聞かせてくれた。ばあちゃんは器用な人で、洋裁もする。近所の人のオーダーで洋服も作っててt、お金を貯めていた。まあ、じいちゃんが給料をお家に入れない人だったせいもあるとか。とにかく、当時はハイカラなばあちゃんだった。
 公園でほおずきを鳴らす彼女と、死んだ千夏とが重なる彼。彼女は、彼が一度も一歌ことがない風俗の店で働く人。大学院生で母子家庭なのでそうやって学費を稼いでいると。これ、嘘だ。でも、彼女は彼のために何かしたい。そう思う。
 ある日、思い切って彼女が暮れたお店のカードを頼りに訪れると、表で男と喧嘩。彼は、二人の間に入って、男と殴り合いになる。その男は、彼女あんりの旦那で、彼女を働かせてるんだと。
 そんな彼女が、仕事を辞めて遠くへ行くと。最後の言葉は、「ありがとう」「さようなら」。まるで、生長した千夏に言われているような。
 いい話だよ。

金木犀のベランダ
 最後のお話は、一番最初の『1DKとメロンパン』の中に出てきた人気のメロンパンの店、子羊堂を切り盛りするご夫婦の話。同じ店で働いていたパン好きな二人が、一緒に住もう一緒に店を持とう、ということで作ったお店。
 ここでも、夫の方が子どもを欲しがるのだね。まるで、最初の話と最後の話がブックエンドのようだよ。しかも、『私は子どもが大嫌い』の主人公と同様、奥さんは施設育ち。しかも、前の施設の娘は選ばれた娘、育ての親に引き取られているが、ここの奥さんは、選ばれなかった子。子どもよりもパン。いや、パンがまさしく自分の子どものよう。
 彼女と店に来る常連さんの節子さん。そして、メロンンパン欲しさに店に来る男の子と旦那さん。この関係がとてもいい。旦那さんは、奥さんが節子さんのためにメランジェ最後の1個を取り置きしてるのを「えこひいき」と言うが、何のことはない、旦那さんだって、いつも夕方の売り切れの時に来る男の子のために、メロンパンを取り置きして、しかも、お母さんの分もと、2個。男の子が1個分のお金しか持ってなければ、「1個はおまけだよ」と。「えこひいき」だよ。
 と、心あったまる話は、ラストの締めくくりにふさわしいね。金木犀の香りと、パン職人ならではの匂いが、この話を包んでくれてるよ。

 はい、おしまい。
 ちなみに、窪さんは、川上弘美さんに次いで好きな女流作家さんの一人にボクの中では着席してしまったのだが、川上さんが芥川賞作家で、窪さんが直木賞作家であることが、ボクにはよく分からない。一説によれば、芥川賞は純文学で、直木賞は大衆文学だというが、お二人の作品を同一の台座において読んでいる者としては、芥川賞も直木賞も形骸化してるのではないか、そう思えて仕方がない。芥川龍之介も直樹三十五も、草葉の陰で嘆いているように思えるのは、ボクだけか。

窪美澄『いるいないみらい』05
窪美澄『いるいないみらい』 posted by (C)shisyun


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