世界情死大全 | 空想俳人日記

世界情死大全

 この本は、これの前に読んだばかりの『知れば知るほどおそろしい世界史』と同じ著者さんである。
 ボクは、この本のタイトルを見て、てっきり腹上死の数々の歴史が書かれているのかと思った。つまり、男性が性交中に女性の腹の上、すなわち正常位の体勢で死に至る事がいっぱい書かれているのかと思った。
 違ったあ! だいだい字が違う「腹上死」ではなく「情死」だ。なら、恋愛関係にある男女が、いっしょに自殺すること。心中のことか。これも違った。
 まえがきにこう書かれている。
《愛し合う瞬間、エクスタシーの極致で、ひとは相手の存在のなかに自己の存在を完全に溶かし切ろうとする。それこそが、究極の死だと言えるかも知れない。/本書の題名の「情死」とは、そういう意味である。「限りなく死に近いエロス」。あるいは逆に、「限りなくエロスに近い死」……というぐらいの意味に、とって頂きたい。》
 そういうことね。

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 本編に入る前に、著者さんの桐生操という人について語っておきたい。
 桐生操(きりゅう みさお)は、小説家・堤幸子(つつみさちこ、1932年10月27日 - 2003年5月22日)と上田加代子(うえだかよこ、1950年9月18日 - )の共同ペンネームである。共にパリ大学(ソルボンヌ大学)、リヨン大学にてフランス文学・歴史を専攻。留学先で知り合い、帰国後、共同生活をしながら、ヨーロッパの歴史人物伝などを共同執筆した。堤さんが2003年に腎不全で亡くなられた後も、上田さんが桐生操のペンネームで執筆されておられる。

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Ⅰ 死とエロス
 ネクロフィリアという言葉がある。屍体愛好のことだ。
《女がもっとも美しい時期にあるときに、それを殺し、永遠の美のまま凍結させ保存すること……。それはもしかしたら大抵の男のなかにある願望かもしれない。》
 残念ながら、ボクにはそのような願望はない。
《その男性の願望を敏感に感じ取ることを知っている、女性たちのなかにも内在している願望なのかも……。》
 そうなのかな。いやあ、そういう女性は苦手だな。
 ここには、美しい十六歳の少女の死体に対し、「淫蕩な男が愛人に対してするように、あらゆる性行為をおこない、果ててからは死体をばらばらに切り刻んだ」という実際の事件も語られている。
 1569年の女性の体を使った解剖図も載っているが、これ、本当に解剖して描かれたのだろうか。どうも想像して描いたのでは。想像することは、ご自由に、だと思う。

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Ⅱ 死と欲望
 カニバリズムという言葉がある。人肉嗜食のことである。ここには、いくつか紹介されているが、死者の肉を食らうならまだしも、生きた人間を料理して食うのは、どうなの~、思う。歴史と習慣、風習だと言えばそれまでだが。マルキーズ諸島の小さな国へ探検家が訪れた際の宴でのこと。美しい少女十人の中から一人選べと言われ、探検家は面白半分に、特に美しい少女を指名。それから彼女を見かけない。数日後の宴で、王に「あの少女はどうなったのか」聞けば、「どうだったかな」と聞かれ、「いや、あれ以来あっていないから」と応えると「なんだ、気づかなかったか。さっき二人で食ったではないか」と。おえ~~~~。
 中央アフリカ共和国の終身大統領になったボカサの話。1979年5月に、制服が高すぎるとデモを行った児童を虐殺。亡命後、96年に逮捕、法廷で人食い事実が発覚。87年ボカサは殺人罪で死刑宣告。が、新大統領コリンバは彼に恩赦、93年に釈放。その後はフランス軍からの年金で隠遁生活をおくったが、中央アフリカ政府は彼を国葬に。なんじゃそれ。
 処刑における「拷問のフルコース」に項目では、2度と読みたくない、その拷問のプロセスが悉く書かれて、ずっと、おえ~~~おえ~~~おえ~~~。
 さらには「ミイラ製造法」まで書かれてるが、「聖遺物に群がる人々」は先に読んだ『知れば知るほどおそろしい世界史』にも書かれてた。
 19歳で執筆したメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』のお話と現実の酷似、早すぎた埋葬が原因と言われるドラキュラ伝説は、楽しく読めたよ。

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Ⅲ 現世への執着
 ぶっちゃけ正直言って、この章はあんまし面白くない。とはいえ、なんか書くわね。
 火葬と埋葬、二通りの方法があるよね。日本は火葬が主だよね。ヨーロッパは埋葬。死後も人々から忘れられたくないかららしい。でも現代のイギリスは火葬が一般的だそうな。火葬が死体を消滅させ、無にしてしまう徹底的手段で悲しみを長引かせない配慮も。思うに、火葬で、灰は海にまき、僅かの骨は、おうちに置いておけばいいのよ。
 遺言が大切な儀式で、遺言書を書かない者は、教会墓地にも埋葬されなかったそうだ。
 喪の悲しみを表現する「泣き男」「泣き女」が十三世紀以降、いたそうな。ああ、これ、日本だけじゃないんだ。
 はい、この章はおしまい。

Ⅳ 自殺を巡る奇譚
 この章はページ数が少ない割には、なかなか興味深かったり、「へええええ」という話だよ。自殺にまつわる話。
 古代ギリシャ・ローマでは、名誉のための自殺に限って認められてた。戦士が敵から逃れるため、これ自決やん。女性が貞操を守るため、犯されそうになるのか。病気や老衰では死にたくないため。へええええ。
 ユニークな自殺。二人の青年が高級レストランで高い品ばかり飲み食い、楽しそう。ところが終えると支配人に、「人生最後の料理ありがとう。お金はない。コニャックに毒を入れて飲んだから」と言うと、慌てて支配人警察を呼ぶが、二人の若者はあの世行き。
 十三歳の時に睾丸を切り落とした男が、皆の前で十字架に貼り付けになってやろうと。裸になって腰に白い布を巻き、頭に茨の冠、重ね合わせた脚に釘を打ち、十字架に固定し、自由な両手で床を這って窓から外へぶら下がった状態に。右手も十字架に釘付けし、見事大成功。数日の間生きたが、飢えや乾き、太陽光線で、ついに死亡。
 自殺志願者が集う自殺クラブなどというものもあるのだ。
 大勢の友人を集めて大宴会を開いた男が、デザートの時に折に入ったライオンが運ばれた。檻のふたを開けると、男は檻の中へ。あっというまにライオンに捕らえられ噛み砕かれていく。ショッキングな自殺だ。
 これ、聞いたことがある。1974年、30歳の今を時めくアメリカのテレビ局女性アナウンサー。視聴者に向って「本日は皆さんに自殺の初映像をお見せしましょう」と言うと、ピストルを取り出し、自らの頭に弾を撃ち込んだ。ショッキング!
 インドではサティーと言って、夫の死後、後を追って自殺する風習があったと。遠くにいた夫が死んだと知らせを受けて自分も火の中に飛び込んだが、死んだと思われていた夫が帰ってきたという、笑えない話も。
 中には嫌がる女性も。母親の手足を縛って息子が他の家族とともに炎の中に母親を投げ込んだと。あまり抵抗がひどいと、大量の麻薬を飲ませてから妻を可視状態にして火の中へ。いやあ、むごい。1828年、占領国イギリスによって、サティー禁止された。

Ⅴ 死に際の美学
 この章のドショッパツに、ジャンヌ・ダルクの話が登場する。15世紀、イギリス王VSフランス王の百年戦争の頃。おおお、ジャンヌ、懐かしや。ボクは、一時ジャンヌ・ダルクに溺れたのだよ。2011年、東日本大震災があった年のこと。ブログ記事を辿れば、斎藤美奈子さんのオススメで、というよりも彼女の「紅一点論」で紹介されていたので、酒見賢一原作/近藤勝也画「D’arc~ジャンヌ・ダルク伝」を読んだ。ジャンヌの子供時代から物語が始まる。が、残念なことに、この作品、未完なのだ。仕方なく、続いては、安彦良和「ジャンヌ」を。安彦良和といえば、あの「起動戦士ガンダム」だよ。このお話の全体のプロットは実にユニークだ。というのも、正直言って、ジャンヌ・ダルク(人々は彼女をラ・ピュセル=少女と呼んだ)は、ここに生々しく登場はしない。というのも、時代設定が、すでにジャンヌは火あぶりの刑に処されて、この世にいないのである。いわゆる後日談とも言える。なので、主人公はジャンヌではない。ジャンヌをイエス以上の神と仰ぎ、ジャンヌの生き方を継承せんとして立ち上がる一人の女性、エミールの物語なのだ。エミール、否、本名はエミリー。ロレーヌ王侯の愛妾の娘であり、彼女が男子として育てられたのは、養父ボードリクールの配慮による。で、このエミールの存在が真実か否か、おそらく、ここでの空想の設定かもしれない。しかしだ、その彼女が奇跡の少女ジャンヌ・ダルクと運命の糸で結ばれていたとする仮説は、大いなる意義がある。そんなわけで、その後、いろいろジャンヌに関するものを乱れ読みした。『ジャンヌ・ダルク フランスを救ったオルレアンの乙女 (学習漫画 世界の伝記)/高瀬 直子』『ジャンヌ・ダルク (講談社学習コミック―アトムポケット人物館)/岸田 恋』『ジャンヌ・ダルク (小学館版学習まんが人物館)/たまきちひろ』。全部漫画だけどね。これらについて、ブログ記事「ジャンヌ・ダルク乱れ読み」をご覧くだされ。
 この章に書かれてることも少し。
《火刑台で衣服が焼け落ちるやいなや、死刑執行人はいったん火を弱めて薪をかきわけ、彼女の焼けただれた"秘所"をまざまざと群衆に見せつけたという。ジャンヌが聖女などではなく、ただの女にすぎないことを分からせるためためである。》
《彼女の遺体は、その後四時間もかけて焼き尽くされ、骨灰はセーヌ川に投げ捨てられた。》
 こうした過去(歴史)を振り返るたびに、何故に人々は、過ちと気づかずに一丸となって狂喜するのだろう、そう思うとともに、現在(今)世の中であたり前に行われていることが未来から見れば過ちで狂喜に踊らされていることなのかもしれない、と思うことがあるのだ。
《二十五年後に名誉回復の裁判が行なわれ、魔女の汚名は濯がれるが、ジャンヌが"救国の聖少女"として祀りあげられたのは、英雄ナポレオンの登場で一気に英雄主義が高まる十九世紀のことである。》
 世の常識に頼らず一人一人の良識が大切ではないかとつくづく思う。
 それにしても、この章は、採りあげられている悲惨な最期を遂げるご本人には申し訳ないが、とっても興味深く面白い。
 ロシアのプーシキンは余りにも美しい乙女を妻にしちゃった悲劇。そのナターリヤについてプーシキンの友人は、
《「すらりとしたスタイル、寓話的な細い胴、豊かな肩と胸、細い首の上に揺れ、優雅にめぐらされる小さな頭、あれほど美しい端正なプロフィールを彼女以外にみたことがない。そして肌の色、目、歯、耳!」》
 そんな彼女にダンテスという男が執拗に求愛。たまりかねたプーシキンは決闘を申し込む。ダンテスが発砲しプーシキンは倒れる。だが「まだ打つ力があるとプーシキンも発砲。ダンテスは倒れる。「ブラボー」と叫ぶプーシキン。だが弾丸はズボン吊りのボタンにあたってダンテスは命拾い。結局、プーシキンは医者に手当てを受けるが、息を引き取る。哀れ。
 あのドイツの詩人、「四季の歌」にも歌われるハイネ。前半はいい人生だったが、40歳過ぎごろから梅毒特有の麻痺や視覚障害。もともと女出入りが多く、「身分が低くバカな女ほど好きになるたち」と自分で言っている。闘病後、最期に残した言葉は、「書きたい」と。紙と鉛筆を求めて亡くなった。
 弟子たちの記録から分かるソクラテスの最後の時間も素晴らしい。
 ニコライ二世の皇太子を病から救い出した怪僧ラスプーチン。皇帝夫妻に気に入られた彼は上流社会へ。そして好色を発揮。ただ、第一次世界大戦がはじまる中、彼は反戦を訴え続ける。貴族たちに反感をかう。そして、どんちゃん騒ぎの中、青酸カリを入れたチョコやワインをを。でも、なかなか効かないので何人もが発砲。挙句の果て、何度も滅多打ち、脳みそは飛び出す、眼球は垂れ下がる、耳もちぎれ、おえ~~~。川に捨てられた。
 ヒトラーが大抜擢をしたロンメル将軍だが、彼の快進撃に嫉妬をしだし、さらにはヒトラー暗殺計画をロンメルが目論んでいるということで、「服毒」か「人民裁判」かを迫られる。服毒を選んだ彼は、「車内で急死」したとされ、毒が見つからないように火葬。軍最高の栄誉ということで国葬になった、とな。
 南極探検のスコットは悲劇だ。南極点一番乗りを遂げるはずだったのが、アムンゼン隊に先を越された。輸送にスコット隊はシベリヤ馬を使ったが、アムンゼンの方は多数の犬に橇をひっぱらせ、帰りには射殺して、その肉を食べた。敗北したスコット隊は帰路、猛吹雪に会い、力尽きて全員が帰らぬ人に。日記の最後のページには、「神よ、願わくば、我らの家族をお守りください」と。
 あの超大作で未完の『失われた時を求めて』を書いたマルセル・プルーストは、マザコンだったんだあ。母以外の女性は愛せなかったんだあ。
 トルストイは『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』で有名な文豪だが、彼の生涯で作家としてのウエイトは極めて小さく、予言者、世界の改革者になることが夢だったそうな。子や孫にも恵まれているのに、妻とは決してうまく行ってたとは言えない。なんせ多くの女性との性生活が書かれた日記を妻は読まされているのだ。ほりゃ、あかんわ。最後は属性を去るように旅に出て、途中下車した駅で亡くなる。彼にちなんで、その駅はレフ・トルストイと呼ばれている。
 マタ・ハリは本当にスパイだったのか、高級娼婦だったのか。自称インドネシア生まれ、ジャワの先住民の踊りをエロティックにアレンジした踊りで社交界で評判に。ヨーロッパ中の有名政治家や事業家が競って彼女と関係を持った。彼女が盗み出した軍事機密は連合軍兵士五万人の死に相当するとして銃殺刑を宣告され、逮捕からわずか八ヶ月で処刑。
 フランスの俳優ジェラール・フィリップは日本でも人気だね。1959年に若くして胃がんで亡くなっているが、ここには妻の崇高なまでの夫への愛が書かれてる。
 エリア・カザン監督『エデンの東』の主人公を演じたジェームズ・ディーンも若くして亡くなってる。こちらは事故死だね。彼は三本の映画に出ているが、生前に公開されたのは『エデンの東』だけ。『ジャイアンツ』の撮影終了1週間後、愛車ポルシェを運転中に自動車事故。首の骨を含む複雑骨折、内臓損傷などでほぼ即死状態。この死によって彼は同世代のヒーローに。『理由なき反抗』は死から約1か月後の10月27日に公開され、遺作『ジャイアンツ』はその約一年後の1956年10月10日に公開された。
 アイヒマンに関しては、ハンナ・アレント『責任と判断』で、彼女自身が、1961年4月11日にエルサレムで始まった公開裁判を欠かさず傍聴しアイヒマンの死刑が執行されるまでを記した記録を書いてるし、スーザン・ソンタグ『反解釈』の中の「『神の代理人』をめぐって」にもアイヒマン裁判のことが書かれてた。ここでは、戦後リカルド・クレメントという偽名でアルゼンチンに逃亡していたアイヒマンが逮捕されイスラエルのテルアビブに運ばれ裁判に至ったかが克明に記されている。
《いよいよ絞首台に向かう段になっても、アイヒマンは自分の犯した恐ろしい罪に対する悔悟の念は、いっさい見せなかったという。》
 彼は、非常識な残虐極まりないナチスの常識しか頭になかった、自らの心で考える良識を持ち合わせていなかったと言えよう。こういう人になっちゃいそうな人、今いっぱいいるよね。
 贅沢三昧の前半生を送った大富豪ハワード・ヒューズが晩年は人目を徹底的に嫌った。彼は中年以降、人ごみに出たり他人と握手するのも嫌がる、細菌恐怖症になったという。そして、彼の最期は、1976年4月4日、メキシコの保養地アカプルコから老いた病人を乗せた特別ジェットがヒューストンへ。酸素マスクをはめられた老人は、長年の偏食と鎮痛剤の乱用で骸骨のようにやせこけ、ヒューズは空港に着陸した時の半時間前にすでに世を去っていた。
 最後は、いまだに謎だらけの不可解な死に際だったダイアナ妃。パリ市内アルマ広場下のトンネルを走行中、側壁に激突。車は大破、恋人のドディは即死、ダイアナ妃は自己壱時間後に救出、病院に運ばれたが、灰からの出血多量で死亡。愛と性に飢えたプリンセスとして書かれているけど、正直、ボクはほとんど関心がないのだ。謎だらけの不可解な死って言ってるけど、そうでもないと思うよ。チャールズが引っかかっただけよ。そんじょそこらの女の役者芝居。よっぽど日本の美智子妃のが素晴らしい人だよね。

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 以上、『世界情死大全』を楽しく(時にはつまんなく)読んだのだが、結局、最後まで「腹上死」の話も「心中」の話も出てこなかったよ。残念。
 ただ、誰もがいつかは死ぬのだ。その死を意識して生きることは大事じゃないか。ここで、多くの死を経験して、生きている間に何ができるかを考えることも大事じゃなかろうか。


世界情死大全 posted by (C)shisyun


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