未完の始まりー未来のヴンダーカンマー | 空想俳人日記

未完の始まりー未来のヴンダーカンマー

 現代美術は大好きだ。とはいえ、現代と言いながら、ボクが大好きなシュールレアリスム、大好きなダリやマグリットは既に過去の人だ。この現代を生きるアーティストたちが、いかに現代に生きながら芸術作品に魂を込めているのか、当然知りたいじゃんね。

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 ということで、AMI美術鑑賞部、3月16日(土)に観てきた。豊田市美術館での「未完の始まりー未来のヴンダーカンマー」を。
 豊田市美術館のHPでは、この展覧会の概要をコピペできないみたいなので、他所の紹介ページからコピペしました。

絵画や彫刻に加え、動物の剥製や植物標本、地図や天球儀、東洋の陶磁器など、世界中からあらゆる美しいもの、珍しいものが集められた「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」。15世紀のヨーロッパで始まったこの部屋は、美術館や博物館の原型とされている。それは、見知らぬ広大な世界を覗き見る、小さいながらも豊かな空想を刺激する展示室であった。しかし、大航海時代の始まりとともに形成されたヴンダーカンマーには、集める側と集められる側の不均衡や異文化に対する好奇のまなざしも潜んでいった。
グローバル化が進み、加速度的に世界が均質化していくなかで、今改めて文化や伝統とはなにか、また他文化や他民族とどう出会うかが問われている。かつて「博物館行き」は物の終焉を意味する言葉だったが、本展に出品するリゥ・チュアン、タウス・マハチェヴァ、ガブリエル・リコ、田村友一郎、ヤン・ヴォーの5人の作家たちは、歴史や資料を調査・収集し、現代のテクノロジーを交えながら、時を超えた事物の編み直しを試みる。美術館の隣に新しくできる博物館の開館にむけて開催する本展では、文化表象の実践の場としてのミュージアムの未来の可能性を探る。


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 ちょっと一般向けじゃないですね。難しいねえ。でも、芸術に対して、絵画や彫刻をオリジナルで創るんじゃなく、インスタレーションとか、極端を言えば便器をそのまま展示するのも芸術、だということに「なるほど」と頷ければ、容易に、この展覧会の趣旨は分かると思います。

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 ここでいう「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」とは、世界中からあらゆる美しいもの、珍しいものが集められた世界。ところが、その後、「大航海時代の始まりとともに形成されたヴンダーカンマーには、集める側と集められる側の不均衡や異文化に対する好奇のまなざしも潜んでいった」というのは、西洋のスペインやポルトガルが中南米を植民地化した、イギリスが北アメリカを植民地化して、さらにアメリカ合衆国を築いた、ということです。つまり、西洋中心の世界史を学んだボクたちも、それが当り前の歴史、そして、その後の産業革命、素晴らしい、科学の発達、素晴らしい、これって本当か? そして、21世紀、グローバル化が進み、加速度的に世界が均質化していきますが、そうした中、そうじゃない昔ながらの文化や昔ながらの民族は、実は今もふつふつとアイデンティティとともに生きているのです。

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 そして、ここのタイトルの「未完」の反対語、「完成」とは、終わりです。終われば、みんな博物館行きです。ここ豊田市美術館のお隣に、もうすぐ博物館が出来ますね。今でも美術博物館というところはありますが、美術館と博物館は分離し、終わったものを展示するのが博物館。

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 それに抗うアーティストたちが、ここに展示されていると思います。彼らは、人類は「終わるかもしれない」と明らかにそう思っています(展示作品を観れば一目瞭然です)。でも、人類を博物館入りさせてはいけない、自分は死ぬけど、自分たちは生きられる。それが、「未完の始まり」だと思います。今のままでは、人類は完結(滅ぶ)する。それを、未完(滅ばないようにする)にするための「始まり」として、今回の企画展を位置づけていると思います。

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 アーティストたちは、この現代の閉塞的な環境を、直接的に間接的に鋭く切りつけて表現されています。最も簡単に言えば、技術と科学の進化でメチャ便利なはずのスマホを、アーティストたちは「えええええ」という観点でインスタしております。

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 スマホが沈黙を産み、隣同士にいるのに、スマホを介して電話でなくメールでやり取り。それを進化させ、様々なテレパシーのための道具を提案をする作家も。

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 中には、既に、そんな世の中は、古い過去にあったのに滅んで新たな文明が生まれたと思わせる展示もあります。つまり、人間は、文明の利器で謳歌しながら、そのために滅んで行った過去がありながら、同じ過ちを今犯している、ような。

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 西洋文化において、バッハがモノフォニーからポリフォニーに発展させたと言われておりますが、実はうんと前から、西洋文化ではない、あちこちの先住民族はポリフォニーを奏でた事実。それを、西洋諸国の植民地化と先住民の排斥、それも、ここで学べます。チタンとは、過去の伝説的なタイタンが由来だった。また、南アメリカから東アジアへ、ヨーロッパへ、かつては銀、今はリチウム。そして、チタンやリチウムと融合して人間は非人間になってゆく。

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 あのルーシー(Lucy)も登場します。以前読んだ『人類史の「謎」を読み解く』にも書かれていたんですが、ルーシーとは、エチオピア北東部ハダール村付近で1974年11月24日に発見された318万年前の化石人骨です。たまたまラジカセから流れていたビートルズの楽曲からネーミングされていて、正式名はアウストラロピテクス・アファレンシス、猿人で、この半分も残っていた骨の発見によりアウストラロピテクスのもやもやが一気に透明化しました。ビートルズも流れます。化石人骨とバンカーのドライバー、過去の未来人は、ボクたちホモ・サピエンスがひたすらゴルフ三昧の末いつか滅ぶことを予言していた(?)。

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 私たちは、学校で学ぶことが、いまだ、西洋諸国中心の学び方です。もっと、昔から世界には西洋だけではない、たくさんの民族がいて、たくさんの宗教があって、それを認め合うのが真の生き方だと思います。そんな生き方をするために、この展覧会では、収束しない、「未完」のための「はじまり」をアーティストは提示していると思います。

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 ボクたちは、今生きている生き方が、明日人間は終わってしまうかもしれない、そう思えて仕方がない、それは、考え考え尽くした結果、考えずに自然を受け入れることでいいじゃん、かもしれません。とても情けないことですが。でも、そうならば、この展示で「未完の始まり」を体験することも有意義じゃないか、と思います。ぜひ、観てください。「完成させてはいけない」そんな作者の想いが、「これ、まだ未完成じゃないの」と思わせるかもしれませんが。理性で観るのでなく、感性で観る、ことですね。

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 そうそう、映画『猿の惑星』を観たことがある方は、それを思い出しながら、鑑賞すると、するりと入ってくるかもしれません。あるいはスタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』を思い起こす方もいるかもしれませんね。


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