回・転・界 | 空想俳人日記

回・転・界

 しりあがり寿の現代美術「回・転・展」を刈谷市美術館で観たのは、2016年10月。その時は図録を買わずに、回転帖を手に入れた。
 そして、その時の図録「回・転・界」を、2023年5月、「開館40周年記念 PLAY BACK:1983-2022 -コレクションで振り返る刈美の軌跡-」で入手した。特別価格で。

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 ほぼ7年を経て入手したわけだ。当時の「回・転・展」を振り替えることとなった。

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 実は、7年前の「回・転・展」を観て、ボクは直線で前へ進むことを止めたのだ。ボクも回転することにしたのだ。1年単位であちこちを周回し、1日単位で自ら回ることにしたのだ。そうだ、地球のリズムと同じ、1年で公転し、1日で自転する。

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 今回、改めて図録を読みながら、当時の「回・転・展」を思い出し、それが間違ってはいないことを実感した。

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 図録の中の「回転宣言」にも、こう書かれている。
《いまや直線的な歴史の放棄を迫られた人間に回転こそ、その未来があるのだと覚醒を促す》

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 地球は、あたかもドーナツの環が自分の辿るところであるかのように、太陽の周りを回っている。地球は、右肩上がりの直線を目指すことはないのだ。人間も右肩上がりの幻想から覚醒すべきなのだ。

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 展覧会の中で「回転道場」という映像作品をずっと眺めてたのを思い出した。

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「こんなもん回転じゃないわ」と弟子を叱咤する修業が部分変化しながらも永遠に繰り返される。葉っぱも回り続ける回転道場。これだよ、サステナブルって。持続可能な社会とは何かが描かれている。

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 ボクたちの生きる道も、まさにドーナツの環であるべきなのだ。この図録で、再認識したよ。

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 中島みゆきも歌ってるよ、「まわるまわるよ時代は回る」ってね。
 2016年は、ちょうど音楽料理人AMIが9月に結成し、12月にデビューコンサートを行った年だ。回転は、それとちょうどリンクしており、リングでもあるのだ。

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 あなたの暮らしにも、ぜひ回転を!

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 回ってるボクを見かけたら、回らせといてくださいませ。 

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 あと、一言、巻末で何処かの美術家のオッサンと寿氏、そして朝日新聞の人と練馬区立美術館の人が対談されてるが、美術家のオッサンが少々鼻につく。寿氏よりも若いオッサンに寿氏は「そうだったかも」とへりくだってるけど、そんなオッサン、無視すればいいのに、オッサンは、畳みかけるように「多様性という言葉が人間を軟弱にしてる」と言っておられる。確かに、そうかもしれないけど、じゃあ、ポストモダンでいったん芸術が解体された後、再構築するのに、権威主義、振りまくのかねえ。多様性で大事なのは、芸術する人としない人を線引きするのでなく、全ての人が芸術家であり、全ての人が芸術しなければならないと説いた岡本太郎氏が正しいのだ。ただ、軟弱になってるのは、何をしても芸術、そういう風潮が、多様性とは逆の、金太郎飴人間を生んでいると思う。つまり、全然多様性じゃないんよ、同調人間なのねえ。
 海外と違って、日本は、何処かに所属しないと芸術家としての評価も無視された。その代表的な孤高の尾根を行く人が牧野邦夫だ。そういうことを知っているのだろうか。寿氏のメチャ共感できる展覧会に対し、茶々いれるのは、左岸に対し右岸から叫んでるだけじゃないかな。彼の言いたい放題に対し、へりくだってる寿氏に共感を得ました。
 回転宣言、いいんじゃないの。そう、何が何でも、回転させねばならないんですよ。以上『回・転・界』の感想でした。


回・転・界 posted by (C)shisyun


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