裁判を傍聴せよ 2 | 小説の書き方教えます

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今回は、前回記事の補足です。




前回の記事をアップしてから、何人かの方からメールで

質問をいただきました。


しかし、みんな誤解をされているようですので、補足の

記事を書く事にいたしました。




裁判を傍聴して、その事件をネタに作品を書きましょうと

いう話ではないのです。


ここを勘違いしないでくださいね。


人間というものの本質を深い部分まで知るために、裁判

の傍聴が欠かせないのです。




テレビドラマでは裁判のシーンがよく出てきますが、完全

な虚構です。実際の裁判とはまったく別物の演出された

ショーですね。


あれをそのまま作品にしますと、傍聴経験のある読者か

ら笑われてしまうでしょう。




ずっと昔の話ですが、友人の一人が郵便局の簡易保険

を担当していました。民営化される前の話です。


新聞のおくやみ欄を見て加入者かどうかを確かめた上で

葬儀の翌朝に保険金を持ってお宅へ伺うのが仕事だった

そうです。遺族が葬儀費用の支払いに困らないようにです。


どんなに悲しみに打ちひしがれている遺族でも、札束を

出した途端にニンマリするそうです。


何百人も担当してきた中に、例外はひとつもなかったそう

でして、ここに人間というものの本質が感じられます。




つまり、悲しみは悲しみ。喜びは喜びで別個に存在してい

るってことなのです。


悲しい余りに何も手につかない、という状況を書きたがる

作者は多いです。しかし、実際にそんなことはあるのか、

と観察してみると、稀にはおられるものの、ほとんどすべ

ての人は何ヶ月も打ちひしがれてはいられないのです。


現実問題としてですが、死亡の届出や名義変更など、

全部終えるには何日もかかります。


また、収入を得ないことには干上がってしまいますから、

葬儀が終われば仕事にも行くでしょう。


決して悲しみの状態だけが続くのではなくて、他のことが

混ざり合いながら時が過ぎていくのです。




人間というもの、人生というものをまったくわかっていない

作者が書いた作品は、文学賞の選考では間違いなく一次

で落とされます。


テレビドラマを見すぎたせいで、現実とはまったく違う過剰

な演出を信じてしまった結果ですね。




裁判を傍聴していてよく感じたことは、裕福な人ほど欲が

深く、ささいなことでも譲歩しません。


一般的にもそういわれているのですが、あなたが感じてい

る程度の欲深さではないのです。


何千万円の財産を争う裁判で、わずか数千円の印紙代

までをも争っているのですよ。信じられないでしょう。




とくに純文学を志している作者は、人間というものの本質

に迫らなくては良い作品にはなりません。


裁判の傍聴は、当然の必須科目です。