『ご無沙汰しています!』
と、言うフレーズも最早定番になりつつありますが、あっ!?という間に今年ももう直ぐ終えてしまいますね。。
皆様方におかれましては、2024年はいかがお過ごしになられましたか?
僕は相変わらず、ほぼ毎週用事がない限りにサーフィンはしていまして、昨日は舞鶴でサーフィンしてました。
地形が悪く、全然良くなかったのですが、久しぶりに先輩のOさんと、現地ではバビロン通運時代の先輩のHさんとサーフィン出来ました◎
最近は夏辺りから鳥取でサーフィンする事が多いですね。
先週はナオキマンショウのシークレットライブなるイベントの為、自走して東京へ行ってきました。
東京は20年近く前だったか?バビロン通運の入社式で行ったっきり。。有明アリーナへ向かいました。
僕はナオキマンの有料サロンに入っていて、サロンメンバーは優先的にチケットを入手出来る!という話だったんですが、蓋を開けてみるとサロンメンバーでもチケットをゲットできなかった人は多くいたそうです。
幸いなことに僕はお昼も夕方も手に入れることができて、興味深いはなしを沢山聞けました◎
内容はシークレット(笑)
ま、言えることは都市伝説・陰謀論と言われる話の多くは真実が多い。ということと、来年も色んな事が起こって人も沢山◯ぬだろう。。ということ。。
日本人は日本人の受け継いできた文化や伝統・ご先祖様や日本の八百万の神様方に感謝して、日々楽しく生きる!ということが全てだ!!と、個人的に感じた次第です。。
僕が昔から言ってる、農薬・ホルモン剤・食品添加物・水道等のフッ素・様々なケミカルやお薬、予防チックン・2020からのチックン・今年10月からのチックンなどなど、本気で彼らは緩やかな毒で身体を攻撃し、日本人の食文化である味噌や納豆など伝統的な発酵食品がとりわけ身体に良い事を知らせず潰したいが為に法律さえも変えさせて、お金を吸い上げつつ人口削減しようとしてますから。。
突然メディアと政府の攻撃を受け、結果中国系企業に取られてしまった小林製薬はたった数人死んだと因縁をつけられて陥れられ、蓋を開けたら因果関係は確認できないと。。紅麹でたった数人死んだと騒ぐのに、昨今のちっくんは2020年までの予防ちっくんの比ではないほど人が死んでいて、国も認めているのにろくに報道しないメディアをぼちぼち国民は真剣にどういう事が行われてい続けているかを認識し、怒らないとだめです!
麹はフグの猛毒さえ解毒させます。小林製薬が扱っていたヨウ素はコロナウイルスを不活発化させる事を民主に知られたくなかったんでしょう。。
ま、こういう話はこれまで何度もしてるし、今回はしないけど。。
で、話は戻って、、東京へ行くならやりたいことは唯一ひとつだけありまして、今回はそのナオキマンのライブと二本立てでした。
靖国神社です。
ずっと昔からひっそり僕のこのブログを見て頂いてる方はご存知かと思いますが、僕は母親がエホバの証人で父は普通の日本人なので普通に仏教をやってる。。って感じでした。
僕は小さい頃母親に連れられエホバの証人の集会に中2辺りまで連れられていて、子供が何も判断できない時からエホバの証人というカルトだと言われている宗教に参加させることに父は激怒し、事あるごとに言い合いをしていました。
今思うと、父は父なりに、母は母なりに、子供の為を心底思ってくれていたんだな。。と、理解出来ますが、お母さん大好きっ子だった僕はには、子供でしたので『お母さんを怒鳴るお父さん!』としか見えてなかったな。。と、思います。
しかし、昭和生まれの中2なので、遊びたい盛り。。宗教に疑問をもち決別して、無神論となっていって二十歳あたりから宗教と民主とか、フリーメイソンやユダヤ金融資本などを調べ出し、その延長で真理探究などして、何かが起こり、今に至っています。
なので、ほんの数年前までは神社も行くけど(お正月だけ)おみくじしか引かないし、手を合わすこともありませんでした。
しかし、日本の歴史・世界の歴史を調べて行くと、日本の素晴らしさ神様や日本人の系統がはっきりとしてきて、僕の考えも少しづつ変わっていった次第です。。
僕のおばあちゃんは2回結婚してまして、最初の結婚の時に1人だけ男の子を出産しています。
なので、苗字の違う叔父さんがひとりおられて、その後の結婚で僕の苗字と同じ叔父さんおばさんを全員で10人出産しています。
その同じ苗字の長男の明おじさんは、体格も良く文武両道どちらも長けた人物だったと聞いていて、大正14年生まれで第二次世界大戦へ出兵し終戦の年の1945年3月にわずか二十歳でフィリピンのルソン島?で戦死したそうです。。
勿論未婚で、日本や日本人、家族の為に遠い異国で亡くなられている明おじさんのことが僕はいたたまれなく思っていて、いつ頃からか靖国神社へ行くことがあれば、明叔父さんの御霊に感謝を伝えて、鎮魂の祈りを捧げたいと思っていたんです。
前日11/2(土)のお昼からナオキマンショウで、金曜早く仕事が終わったので20時ごろには東京に向け出発。
今年は明らかな気象操作!?(笑)で台風が急激に進路を変え各地に線状降水帯なる大雨を赤い国か赤/青の国がやってますが、先週も新幹線が止まるほどの大雨でした。。僕は東へいくぶんには確かに降っていましたが、大雨で前が見えない!!ってほどは降っていなかったので助かりましたが、ナオキマンショウ当日は一日中降ったり止んだりで寒いし濡れるしで鬱陶しい1日でした。
そして、翌日曜日、、
雲ひとつない晴天に恵まれました🎶
鼻も耳ピアス外して真剣です。。
朝一番、8:30から正式参拝を申し込みました。
戦没者遺族の正式参拝、確認は取れてないのですが、父から靖国神社で参拝したとか、おじいちゃんおばあちゃんや叔父さんおばさんが行かれたとか聞いた事がありませんでした。。
父も神道では無く、一応仏教程度?だったと僕は認識していて月に一回?お坊さんに来て頂く位で、もしかすると親族誰ひとりとして靖国神社へ参拝してないかも?と、いう事もあり、僕は正式に明叔父さんの御霊を鎮魂したいと思っていたんです。。
参集殿へ向かい、正式参拝を申し込んで本殿へ行くまで少し時間があります。
そこで椅子に座って待っていて、明おじさんは喜んでくれてるかな〜とか、自分自身親族を代表してもしかすると初めての靖国神社参拝かもしれないし、ええことしたなぁ〜。。と、思って胸が熱くなり感極まってきたんですが、そんな自分の感情の思いだけでは明らかに違う圧倒的な感情が押し寄せてきて、本当に我慢して違うことを考えないと、嗚咽して泣いてしまいそうになりました。実際涙も溢れてきて、ハンカチで目頭をおさえつつ、必死に心を落ち着かせていました。。
もしかすると、明おじさんのや靖国神社におられる方々が喜んでおられる感情がシンクロしたのかな〜。。と、思われる不思議な体験でした。
もう大泣きしそうなのを眼鏡とってハンカチで目頭抑えながら必死で堪えてましたら、神職の方からお声掛けいただき、本殿へ案内していただきました。
戦没者遺族だったのか、榊をお供えしたのは僕を含めて3人?あと軍服をきてラッパや長い銃?みたいなのをもった当時の軍人さんの格好をした方々が5〜6人おられました。何かそういう団体の方だったのかな?
で、勿論僕は前述の通り宗教も特定の神を信仰していないので、本殿にあがって榊をお供えするなんてした事もありません。かなり緊張してたんですが、幸い1番最後にお供えすることになったので、先にお供えされてる方の所作をガン見してました。。(笑)
そして、僕の番、、榊を神職の方から頂いてお供えする時、本殿にビックリする程の風が舞い込んできました!!
朝一番で時刻は9:00前でしたが、雲一つない晴天で風もまだ全く吹いていなかったので、ほんとに驚きました。
よく言われる、神社で神様が返事してくだっさった印が雨や風や晴天とか言われているのを耳にしていましたが、本当にあるんだな〜。。と。。
明おじさんや靖国神社におられる英霊の方々が喜ばれているのかなぁ〜。。と、思うと、本当に良いことが出来たな。。と、感無量な心持ちになりました。。
参拝のあと、お供えをいただき、資料館である遊就館へ、、
行くも、なんと!?改修工事の為休館。。。(哀)
売店のある建物だけあいてたので、そちらを見学させていただきました。
遊就館へ行けなかったのは残念でしたが、また次回東京に来ることになったら、また靖国神社へこようと思います。なかなか用事がないので行くことがあるかな?とは、おもいますが。。
そもそも人が多いところは嫌いな僕。。靖国神社意外に行きたいところはありません(笑)
東京タワーもスカイツリーも東横にも行ったことはありませんが、全く興味がない僕は千葉か湘南でサーフィン出来たらしたいな〜。。と、道具は持ってきていました。
しかし、首都圏の人口の多さに首都圏の3連休の渋滞の破壊力を目の当たりにした僕に、千葉まで行こうと言う気は一瞬で消え去ったのは言うまでもありません。。
何とか力を振り絞って湘南目指して車を走らせ、海沿いへ出るまでに大渋滞。。
海沿い出ても大渋滞。。
進まんし、Uターン出来んし、海なんかどこに止めてどう入ったら良いかも?だし、何よりこの人と車から脱出したい!!と、湘南の地へはトイレに寄ったコンビニのみ!(笑)ま、そんなもんです。。
テレビで見たことあるよな?シラス屋さんや、ホンコンさんが通ってる?サーフショップを見つけて、いよぉ〜!?と、おのぼりさんに。。(笑)
ま、長くなりましたがのでここいらで。。
兎に角、良い東京への旅でしたぁ〜。。。☆☆☆











































