しろくまです。ฅ( ・㉨・)ฅ

 

高校までは、それまでと変わらずその歯医者に通っていた。

 

しかし高校時代の私は荒んでいたように思う。

 

 

高校に入ってからは仲の良い友人が出来て楽しかったのだが、自分のセクシャリティと向き合おうとすると、精神が病んでしまったのだと思う。

 

気付いたら、学校に行かなくなっていた。

 

 

前回のお話↓

 


学校に行かない理由を両親に問い詰めらても何も言えなった事で、私は親に強制的に精神病院に連れて行かれた。

 

 

私はそこの先生に、生まれて初めてカミングアウトをした。

 

「私は女性に性的な魅力を感じることが出来ません…」

 

その先生はその言葉だけで、私のそれから言わんとする事を汲み取ってくれた。

年配の女性の先生だった。

 

 

先生は付き添いで一緒に来ていた母に、

 

「息子さんは大丈夫です。ただ、沢山の人がいる所に行くには少し時間が必要なんです。決して理由を聞かず、見守ってあげてください。」

 

私にはそれがとてもありがたかったが、父と母はそれに納得出来ない様子だった。

 

私は「適応障害」として診断され、出席日数の不足を各教科担任の先生からいただいた課題で補うことを学校側から許可してもらった。

 

しかし、高校を卒業しても私は抜け殻のようだった。

先の目的を持つことが出来なかった。

 

そんな時、父が大学に行くんなら金をだしてやると言ってくれたのだ。

 

 

自宅浪人で1年頑張って、何とか都内の私立大学に入学できた。

しかし、大学進学のため上京し就職までしたが、父の病の為10年足らずで帰省した↓

 

 

色々とまた気持ちが上がらないままだったが、きちんと人として暮らさないと…

 

 

 

銀歯が取れてしまったので、久々にその歯医者さん行くため予約をした。

 

しかし電話越しに出たのは業務的に話す女性で、おばちゃんではなかった。

 

 

母におばちゃんの事を聞くと、数年前から足を悪くしたみたいで、今は週に数回程度しか受付にいないそう。

 

 

この歯医者さんはおばちゃんの息子さんが歯科医として働いており、先生は50歳前後で独身。

おばちゃんは、休みの日は足が悪くても家事をこなしているらしかった。

 

 

予約した日に歯医者に行くと、偶然にもおばちゃんがいた。

久しぶりに見る姿は、だいぶ更けたように見えた。

 

 

そして、何となく顔つきが怖くなっていた。

 

 

私が保険証を出すと、はいはいと業務的に案内してくれた。

 

ここに来るのは10年以上ぶりだもんな、私の事もわからないのだろうな…。

 

私はそのまま診察を終え、何事もなく家に帰った。

 

 

母にその事を話すと、

 

母「あぁ…おばさんね。もう結構ボケちゃってきているみたいよ。親戚からお金の無心とかもあったらしくてね、色々いやな思いをしたみたいね。

お店のお金の管理はおばさんがしているから、足が悪くてもお店に立ってるみたい。」

 

 

田舎の主婦の情報はあなどれない。

 

聞いたのは私なのだが、あまり知りたくなかったな。

 

 

 

数日後また歯医者さんい行くと、おばちゃんがいた。

正確に言うと、もうおばあちゃんだったが、私にとってはおばちゃんだった。

 

 

診察券を名前が見やすいように置いても、おばちゃんは私だとは気付かなかった。

 

 

変に混乱させてはいけないと思い、私は大人しく待合室の椅子に座って待った。

 

 

あの頃夢中になっていた漫画はなくなっていた。

その代わりに、ワンピースやコナン、犬夜叉などが置かれていた。

 

 

本を取りに行こうとしたその時、ガシャガシャ!!と大きな音がした。

 

どうやら待合室の窓が少し空いており、そこから吹きてきた風がブラインドを捲ってしまったみたいだった。

 

 

「あぁあー!」とおばちゃんが少し大きな声を出して待合室にやってきたが、ブラインドの位置はどう考えてもおばちゃんの背丈では届かないように見えた。

 

 

私は咄嗟に「椅子の上失礼しますね」と言って、スリッパを脱いで椅子に乗った。

捲れたブラインドは触れると簡単に元に戻った。

 

 

おばちゃんは「あぁ、ありがとうございます」と言って、元の受付の位置に戻っていった。

 

 

受付に戻ったおばちゃんは、何かいつもと仕草が違っていた。

 

私の顔を何度か見ては、私の診察券を見返していた。

 

 

私を思い出そうとしてくれたのだろうか。

 

 

その姿が、何だかとても苦しそうで私も苦しくなった。

 

 

おばちゃんにはきっと、もう思い出せない思い出や人がいるのだろう。

それを思い出せない事は、とても辛い事なのだと思った。

 

 

私は、とうとう自分の事をおばちゃんに伝えることが出来なかった。

 

 

 

診察後、おばちゃんが私の事を先生に聞いている声が診察室から聞こえてきた。

先生が「ほら、〇〇さんの所の息子さんだよ」とおばちゃんに伝えてくれた。

 

 

先生は丁寧に私の事をおばちゃんに伝えてくれたけれど、おばちゃんは最後まで私を思い出すことはなかった。

 

 

 

診察の帰り、おばちゃんが

 

「先ほどはブラインド直していただいて、ありがとうございました。」

 

とても丁寧にお礼を言ってくれた。

それが何とも言えず、嬉しいような淋しいような気持ちになった。

 

私がふとおばちゃん顔を見ると、おばちゃんは私の顔をまじまじと見つめていた。

 

 

 

頑張って私を思い出そうとしてくれているんだと思った。

 

 

忘れられてしまった事が悲しいというより、思い出そうとしてくれる事が嬉しかった。

 

 

 

 

 

それからしばらくして、おばちゃんが亡くなった事を母から聞いた。

 

 

私に優しくしてくれたおばちゃんだがらと、自分勝手にも大往生であった事を願った。

 

 

 

 

小さい頃あなたが私を気にかけてくれたこと

 

詮索も意見もせずただ見守って居場所をくれたこと

 

私を思い出そうとしてくれたこと

 

 

ありがとうございました、すごく嬉しかったんです。

 

 

それを伝えるべきだったと、その時伝えられなかった事を後悔した。

 

 

 

思ったことは、恥ずかしがらず素直に言えたらいいのにな。

それが嬉しいことだったり、感謝していることなら尚さらね。

 

 

もう会えない人に言えなかった言葉がある。

 

 

言葉も気持ちも、いきものだから。

 

 

今度は、ちゃんと伝えようと思った。

 

 

 

ありがとうございました。

 

今まで本当にお疲れ様でした。

 

今まで働きっぱなしだったのですから、ゆっくり休んでくださいね。

 

 

 

おしまい。