愛にある形と深さ春の雷
サイネリアすぐに会いたくなるひとよ
思ひやり人は欲しがりサイネリア
静魚
令和六年四月のSHIROKANE句会のご報告です。 参加は静魚先生、夜空さん、結女さん、走流さん、分水嶺さん、地平線さん、陶青子さん、綺羅里さん、美歩さん、むらさきさん、鳥子さん、桃兎の12名。 毬さん、知花さんからの投句を含め、全九十八句の中から、先生の特選、選と参加者それぞれの特選を清書順にご紹介いたします♪
今月の兼題
[春の月 春月、春月夜、春満月]
[シネラリア サイネリア、白妙菊、富貴菊、蕗菊、蕗桜]
他当季雑詠
[河内静魚 特選]※全六句 ◎は特選中の特選です♪
新品のPC起動春の月 陶青子
キッチンカーのどこか控へ目サイネリア 走流
春月や大島紬のにぶき艶 美歩
富貴菊同じ顔して咲き誇る 鳥子
◎結女句
花冷えや肩のあたりに足りぬもの 美歩
[河内静魚 選]※全十九句
どこ迄が咲けば満足サイネリア 分水嶺
春ショール押さへつ上る錦帯橋 夜空
花冷やチョコレートボンボン剥きかけて 桃兎
サイネリア焼き立てクッキーつまみ喰い 知花
推敲を重ぬる脇のサイネリア 陶青子
花冷や旅の地酒を少し酌み 地平線
サイネリアふはりと坐るチマチョゴリ 夜空
湯の町の海に上りし春の月 地平線
うつすらと雲の色づく春の月 分水嶺
サイネリアエキゾチックな港町 毬
帰り道のいつも上りや春の月 桃兎
先頭はもう陽炎の中にゐる 結女
ホーチミンにて
春の月サイゴン川に舟連れて 毬
教会の十字にかかる春の月 分水嶺
ホーチミンにて
サイネリア多国籍語の裏通り 毬
庭先に朝日あつまりサイネリア 地平線
たんぽぽや自由は私の一部なり むらさき
ほどほどに寂しくて良し春の月 綺羅里
彩どりを揃えて贈るサイネリア 分水嶺
[夜空 特選]
生湯葉のふつくり炊かれ春の月 桃兎
[むらさき 特選]
春の月兎の尻尾先丸し 知花
[走流 特選]
シネラリア好きといはれて好きになる 結女
[分水嶺 特選]
さういへばお手玉は何処サイネリア 桃兎
[陶青子 特選]
キッチンカーのどこか控へ目サイネリア 走流
[桃兎 特選]
春の月煮切りみりんに溺れけり 結女
[綺羅里 特選]
春月や大島紬のにぶき艶 美歩
[結女 特選]
花冷えや肩のあたりに足りぬもの 美歩
[地平線 特選]
彩どりを揃えて贈るサイネリア 分水嶺
[美歩・鳥子 特選]
水桶に一滴の墨春の月 桃兎
以上でした♪
次回、2024年5月の句会の兼題です。
[春惜しむ 惜春]
行く春に名残を惜しむ心で、主情的な季語である。自然も生活も明るく活気に満ちた季節だけに、過ぎゆく春への思いは、寂しさひとしおの感がある。
[長閑(のどか) のどけさ、のどけし、駘蕩(たいとう)]
長い春の日の、穏やかな気分のことである。天も地も人も、この世のすべてがのんびりとゆったりしているのである。春の季感の一つにのどかなこころの状態を発見し、うらうらとともに『枕草子』の頃から使っている形容だが、いまは春の陽光の明るさをうららかとして用い、ゆったりとした春の一日をのどかとして使っている。駘蕩はそのような春の景色の様相を指している。
(「合本現代俳句歳時記」角川春樹編 より)
ことごとく箱空にして春惜しむ 川村智香子
●次回:2024年5月4日土曜日 13:00〜 会場:白金台いきいきプラザ(白金台駅1番出口向い) 2F-B室
●兼題で四句、当季雑詠で三句、の計七句お持ちください。