古谷牧場。
キタコブシの白い花の下で、容太は社会科見学の小学生たちに囲まれている。
「大学を卒業した私は、牧場に戻って父の仕事を手伝うようになったんです」
容太はキタコブシの根元を指差した。
「ここにもらったプリンのたてがみを埋め、北海道に春を告げるこの木を植えました。毎年キタコブシの白い花が咲くたびに、私はプリンのことを思い出すんです。目を細めて鼻をすりよせてくるプリンに、ありがとうと心の中で声をかけてやるんです・・はい、これでプリンの話はおしまい」
話し終えた容太が見ると、小学生たちはみんなうつむいてしゃくりあげていた。引率の先生もハンカチを目に当てている。
「プリンが可哀想」
「もっと長生きさせてあげたかった」
口々に小学生たちは、プリンの死を悲しんでくれた。
容太は笑って問いかけた。
「うん、早く死んでしまったことは可哀想かもしれない。働かされなかったら、もう少し長生きできたかもしれないね。でもプリンは新聞で書かれたように、可哀想な馬だったとみんなは思うかな?」
子供はわれ先に答えた。
「そうだよ。プリンは働きすぎて殺されちゃったんだ」
「でも畠山さんはプリンをかわいがっていたんでしょう?」
「だけど、重い人を乗せてきっとつらかったんだと思う」
「ううん、プリンは好きだった子供と一緒で楽しかったのよ」
容太は目を細めて小さく笑った。
「プリンが幸せだったかどうかは、プリンしかわからないだろうね。でもオジサンは、プリンは幸せだったと思いたいんだよ」
皐月賞馬の哀れな死――競馬ファンからすれば、それは新聞に書かれた通りだろう。だがプリンは、たくさんの子供たちに囲まれて幸せだったに違いない。子供たちの笑顔を見て、北海道の古谷牧場で、容太や清美と一緒にいた日々を思い出していたのだろう。
すると子供たちにオバサンと言われた女性が、突然後ろから泣きながら声をあげた。
「プリンを可哀想な馬にしないで・・あの写真に写っていたプリンはとても幸せそうな顔をしていたのよ」
子供たちの視線が一斉に女性へ向いた。
「このオバサンが清美さん・・?」
子供たちの顔に、何とも言われぬ複雑な表情が浮かんだ。
容太は笑った。
「ほら、あそこにいる栗色の子馬を見てごらん。あれはプリンの娘が産んだ子馬だよ。プリンにとっては孫にあたるんだ。さあ、みんなで見に行ってごらん」
子供たちが牧草の丘を駆けて行く。
容太は青空に枝を広げるキタコブシを見上げた。
キタコブシの花言葉は友愛。
「プリン」
春風が吹いた。
キタコブシの花が揺れて、青空の中をプリンが走っているように見えた。