
「赤川君のこほっぱ跡」ではありません。
正しくは【赤川、くんのこ、ほっぱ】というそうです。
「赤川」はこの護岸された小さな川のことで、「くんのこ」とは琥珀の方言です。
「ほっぱ」は堀場のこれまた方言だそうです。
現代風にいえば【赤川琥珀堀場】になります。
久慈は世界有数の琥珀産地で、すでに縄文時代から採掘されていたそうです。
奈良時代には大和朝廷にも献納されていたことが、献納琥珀の科学的分析で明らかになっています。
久慈から大和への交易路を【アンバールート】と呼んでいます。

琥珀の勾玉
1000年前、平安貞観時代に久慈を襲った大地震と大津波の時にも、そして平成の大震災の時にも、琥珀は掘られ磨かれて、人々に夢見ることの美しさを教えていました。
今日の話しは昨日の続き今日の続きはまた明日
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