最近、ふと気づくと息が浅くなっていることはありませんか?

 

私も日々の生活に追われて

呼吸が浅くなっていることを感じる時があります。

 

そこで、肋骨を動かして

呼吸をしっかり意識して行うトレーニングをやっています。

”肋骨に呼吸を入れる”というと

横に肋骨を広げる感覚が強いが

今やっている今やっているメソッドでは

肋骨の前後左右、全方位に向かって空気を取り入れ、

吐いていく感覚を徹底的に繋げていきます。

 

最初は、背中

特にみぞおちに裏側あたりに

呼吸を入れる感覚がわからないのです。

 

でも、この感覚が少しずつ掴めてくると、

今までとは比べ物にならないくらい

たくさんの空気が身体に入ってくるのがよくわかります。

 

「リズブルボーの自分を愛して」には、

”呼吸は独立、自由の象徴である。”

と、書かれています。

生まれて最初の呼吸は、

母親の身体から離れ、

”自分自身として生きる”始まりでもあるのです。

 

そう考えると、

呼吸というのは単なる酸素の出し入れだけではなく、

”自分の身体で生きる”

ということそのものなのかもしれないですね。

 

コロナ禍では、マスク生活が当たり前になり、

今でも、マスクを常に着用している人を多く見かけます。

 

手軽に顔を隠すことで安心できたり、

人との間に少し壁を作れた理する感覚は、

確かにあるのだと思います。

 

しかしその一方で、

呼吸は浅くなり、

自分の身体の感覚から少しずつ離れていってしまいます。

 

”深く呼吸をする時間を持つ”こと。

 

それは単に、身体に酸素を巡らせるだけではなく、

 

『私は今、自分の身体で生きているのだろうか。』

と、静かに確認する時間なのかもしれません。