それから父は弟の本当の父親を探し始めました。

真っ先に思い当たる人に会いに行ったのですが、結局本当の父親はわからぬ結果となりました。

それから母方の祖母と暮らして居た弟は転向した中学校に通い始めました。

しばらくは普通に通っていたのですが、少し経つと祖母が弟を酷く叱る様になりました。

別に普通の友人との遊びや、
帰って来るのが少し遅いとか
その程度だったんですが
またここで悲しい出来事がありました。

弟がもう一度別の児童施設に
入れられたんです。

僕の知らない所で、、、

それは数日経ってから知らされ
父親と祖母に
「絶対に許さない。
大人はもう信じない」
そう言って
泣き崩れたのを覚えています。

このままでは弟が本当に可哀想な人生だと思って
僕はその頃決心しました。

僕が迎えに行こうと。

施設に入ってからたまに面会に行きました。
無邪気な弟を見ると、
涙が出るほど可哀想で
胸をえぐられました。

本当の父親もわからないし、
父親ではないとわかった時から親に捨てられ祖母にも見放され
一体誰が責任を取るのか?
そんな事ばかり考えて居ました。

弟の気持ちを考えると、
自然と母も責めてしまっていました。

アメリカへ電話をして、
本当の父親を僕らに黙っていた事を謝って欲しい。
そして弟の本当の父親を教えて欲しい。

そう言いました。
なぜこんな事になったのか?
本当に大人を恨みました。


続く、、、
前回は弟が父に引き取られた所までお話しましたね。

それでは続きです。

弟は父の家から学校へ通い始め数ヶ月が過ぎた頃、学校での健康診断がありました。

その血液検査から驚くべき事実が判明したんです。

それは弟が僕の父の子供では
ないという事、、、

僕が20歳になるまで家族全員が全く知らなかった事実です。

僕の弟だけ父の実の子供では
なかったんです。

本当に驚きました、、、


それから父は急変し、
引き取っていた弟との関係を断ち切りました。

僕の弟は母方の祖母の所で住む事になったんです。

僕はその時も親と言う存在自体を疑いました。

一体何が真実で、弟が本当に可哀想だと父に言いました。

とても複雑な気持ちで。


続く、、、
兄も母も
向こうで英語もまともに
話せぬ状態でよく生活が出来ていたなぁと驚きました。

母はその頃病気を抱えながら小説を書いており、色々な制作会社や、事務所にアポなしで当たっていたそうです。

でもそう簡単には行かなかったんです。


アメリカへ旅立ってから3年位が経って、兄だけが帰って来ました。

でも大阪には帰って来ず、
東京へ住む事になったんです。
アメリカで留学生の日本人の恋人が出来てその方が東京出身だったそうです。


それで東京に帰ってきた兄は
結婚を考えていた為、画家を諦めすし職人を目指し表参道のお寿司屋さんに就職しました。

その頃大阪で僕は高校を辞め、現場仕事をしていました。

東京にも兄に会いにちょくちょく行っていました。


、、、
そして弟はその頃父に引き取られ、一緒に暮らしていたんですが、そこでまた驚く事実が判明したんです。


続く、、、