悲観論が強まっている日露北方領土交渉  | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 北方領土をめぐる日露交渉、ここにきて悲観的な観測が強まっている。日本側は、北方領土の日にも返還要求全国大会で「不法占拠」の言葉を使わないなど、ロシアに配慮しているが、ロシア側は強硬姿勢を崩していない。

 ロシア政府は、クリル諸島(千島列島と北方領土)が第二次大戦の結果、ソ連に合法的に編入されたという立場を崩していない。

日本とソ連・ロシアの関係を振り返ってみると、1956年の日ソ共同宣言では、「歯舞諸島及び色丹島の2島を日本国に引き渡すことに同意」し、「平和条約が締結された後に現実に引き渡される」と記されている。

 この後、日本側は、歯舞、色丹に加えて国後、択捉の4島を一括して返還する要求を堅持していくことになる。

 1973年10月には、田中・ブレジネフの首脳会談が行われたが、領土問題の進展は見られなかった。その後、エリツィン・細川護煕の間で行われた1993年10月の日露首脳会談で、「法と正義」に基づいて解決すべきことを記した東京宣言がまとまったた。さらに、エリツィン大統領と橋本龍太郎首相の首脳会談で発せられた1997年11月のクラスノヤルスク合意では、2000年までに平和条約を結ぶべく努力することが謳われた。

 その後も、1998年4月の川奈、1998年11月のモスクワと、日露首脳会談で、平和条約と国境線画定のいずれが先かの試行錯誤が繰り返された。2001年3月には、イルクーツクでプーチン・森の日露首脳会談が開かれ、日ソ共同宣言を平和条約交渉の基礎として東京宣言(1993年)に基づいて北方4島の帰属問題の解決に努力することで合意した。

 安倍首相は、歯舞、色丹は返還されることを前提にして、国後、択捉で特区のような形で経済活動を行い、特権的な地位を確保しようという「二島プラスα」で問題の解決を図ろうとしている。

 世界中で米露の対決気運が強まっている現在、ロシアは択捉島をアメリカ牽制の拠点とすべく、軍事力を展開している。

 しかも、INF全廃条約からアメリカが離脱し、ロシアも同様な決定をしたため、米露の軍拡競争が激化しそうである。その状況は、北方領土に関するロシアの態度を硬化させている。日露交渉の成り行きをあまり楽観視してはならない。