犯人と一緒に現場を「下見」?(舛添要一世界と遭う④) | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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  デュポン・サークルはワシントンDCの中心部にあって、瀟洒なたたずまいの落ち着いた場所である。近くには外国大使館が集まった通りもあるが、この界隈にお気に入りの本屋があって、私は暇ができると足を運ぶ。

 この日も、アメリカ政治の本を何冊か購入した後、ヒルトンホテル周辺まで散歩をした。ホテルの中にまでは入らなかったが、翌日のホワイトハウスでの大統領補佐官との会議の内容などを頭の中で整理しながらそぞろ歩きを楽しんだ。翌日レーガン大統領がここで講演する予定であることなど知らなかったし、もちろんそこが狙撃事件の現場となることなど想像もつかなかった。

 事件の状況がテレビで伝えられたとき、昨日立ち止まった場所であることに絶句した。あたかも、現場を下見しに行ったようなもので、狙撃犯のヒンクリーJr.もまた、私と同じルートでホテルからここに行って下見をしたに違いない。下見時間が同じ頃なら、ひょっとしたら目を合わせていたかもしれないなどと頭に描いてみたものである。

 犯人を取り押さえて身柄を無事に確保することに懸命になっているシークレットサービスの姿が、今でも鮮明に蘇ってくる。ケネディ大統領暗殺事件のときは、犯人オズワルドが2日後にルビーという男に射殺されたが、同様な不祥事を起こさないためだ。

 ところで、レーガンは弾丸摘出手術のときに、医師たちに対して、「君らは民主党員ではないだろうね、共和党員ならいいんだがね」と冗談を飛ばすゆとりを見せた。この話が伝わると、彼のことを俳優上がりだと馬鹿にしていた人たちも、その政治家としての才能に舌を巻いたものである。彼のことを“great communicator”という。こうして、レーガン支持率は急上昇していった。

 ブレイディ大統領報道官のほうは、頭を撃たれて脳に機能障害が残り、残念ながら再起不能となったが、大統領報道官として留任させるという配慮がなされた。

 数日の滞在を終えて、衝撃の事件で騒然としているワシントンDCを去る日が来た。因縁のホテルをチェックアウトして西へと向かう私には、しかし、まだヒンクリーJr.の影がつきまとうことになる。(続く)