メガネを買いに 空心齋閑話0907 | 宇則齋志林

宇則齋志林

トリの優雅な日常

おはようございます。

有名ブランドのカル・バンクライン、レ・イヴァンなどでメガネのデザインをしている、デザイナーのトリです(高校で、美術の成績は3でした)。

 

日用品は、いつも同じものが良いと思っている。

「変化」や「行動」は私の辞書に載っていないのかと思うほど、何かを変えるのが苦手だ。

数年前、背中の一部に切られるような激痛が走り、足も徐々に動かなくなっていたのに、それでも普段通り生活していた。

どうにかこうにか、杖をついて歩いていたが、ある日道で転倒し、そこでようやく病院へ行ったくらいだ。

 

その私が、メガネを買いに行った。

きっかけは、運転免許の更新の案内ハガキが来たことである。

今のメガネは東北の震災の年に作ったものだから、もう12年になる。

レンズは、その前から使っていたものと同じ度数にしてもらっていたので、20年近く同じものを使い続けていた。

 

ただ、数年前から、徐々に見えづらくなってきていた。

テレビの字幕も見づらいし、何より本が読めなくなった。

字がぼやけ、目を凝らすと疲れ果てて、読み続けていられない。

 

これはもう、てっきり近眼が進んだうえ、老眼もが来たのだと思い、うんざりした思いでいながら、それでもメガネを新調しようとはしなかった。

端的に行くのが面倒くさいからだ。

しかし、運転免許の更新と来ては、見過ごすわけにはいかない。

 

ここ数年ペーパードライバーだが、自主返納するような年ではないし、マイナンバーカードが信用できない以上、身分証明書を失う訳にはいかない。

というわけで、重い腰を上げて、近所の商業施設、レ・ジャルダン・ド・西北(仮名)へ出かけたのである。

で、評判が良いというので、そこの「メガネの真紀子」(仮名)に行った。

 

店内へ入って来意を告げると、何人もいる店員の中から、若い男が呼ばれ、担当してくれることになった。

ところが、この兄ちゃん、会話が成り立たない。

こちらとしては、数年ぶりにメガネを買い替えるので、フレームの選択からはじまって、分からないことだらけである。

 

この店の評判の良さには「懇切丁寧な接客」という面があり、色々親切に教えてくれるものだと思ていた。

ところが、この男は通り一遍のことしか言わず、私があるフレームを手に取ってかけてみても、似合うとも似合わないとも言わず、形状や材質の説明もしてくれない。

 

仕方がないので、もはや似合うものを探すのをあきらめ、一番掛け心地に違和感のないものを選択した。

そして、度数をはかる場所へ移動したが、この時点でかなりフラストレーションがたまっていた。

担当のお兄ちゃんと、会話もだが、非言語的な交信もできないことに気づいたからである。

非言語というと大げさだが、これは普通にしていることで、お互いのことばの裏側に隠された意図の読み合いである。

この人の場合、全く何も伝わってこないし、こちらのフラストレーションも伝わっていないようだった。

異常事態だ。

 

多分マニュアルがあるのだろう。

思いのほか、度数はきちんと測ってくれたが、詰めが甘かった。

横で見ていたベテランの店員が、突如割って入って来て、「補足」をしてくれたのである。

このベテラン氏は、ちょっと話しただけで分かったが、一を言えば十返ってくるような人であった。

 

しかし、ベテラン氏はすぐに去り、担当はまた若い男に戻った。

その後、レンズのグレードの話などもあったが、何も入って来ない。

ただ、この時点で、彼が日本人ではないことに気がついた。

 

値段を言う時の、数の発音が変だったからである。

しかし、ということは、日本語はかなり達者だということで、この会話の不成立は、彼の語学力のせいではないだろう。

 

結局、上中下(松竹梅)あるうちの「中(竹)」に相当するレンズを選び、すぐに帰ってきた。

メガネ一式は、ウン万円という、私にすればお安くない買物だったが、もうどうでもいい。

免許の更新さえできればいい、と投げやりになっていた。

 

思うに、買い物というのは、会話が9割だ。

件のベテラン氏のような人が、親切にいろいろ教えてくれて、様々な角度からメリットデメリットを言って案内してくれたなら、倍の金額になっても喜んで出したかもしれない。

そう思うと腹が立ってきて、一度帰宅してから電話した。

「全然会話が成立しなくて良く分からなかったから、もう一度説明し直してください」

 

そうしたら、あのベテラン氏がもう一度来店してくれという。

めんどくさいが、背に腹は代えられぬと思い、また出かけた。

 

そうしたら、度数をほぼ一から測り直し、もとのメガネと同じような形状で、レンズを歪ませなくて良いフレームをいくつか紹介してくれ、まさに至れり尽くせりであった。

若い兄ちゃんの教育の意味で彼に任せたのだろうが、こちらはそんなこと関係ない。

大学病院で、若い未経験の外科医に手術をされた患者のような気分だ。

はじめからベテランに接客をしてもらいたかった。

 

そして、あの若い兄ちゃんは全く教えてくれなかったが、ベテラン氏が度数をはかりながら、こんな衝撃的なことを言った。

「視力が上がっています」

 

つまり、今までのメガネが見えなくなったのは、度が進んだからではなく、むしろ視力が上がり、レンズの矯正と合わなくなったためであるという。

心配していた老眼もなかった。

 

新しいメガネは、今までよりも度数を下げて、しかも良く見えるように調整し、疲れ目防止とかいうものも付けてもらった。

ありがたいことだ。


しかし、その後さらに衝撃的な事実が発覚した。

こう言われたのだ。

「運転免許なら、視力は出てますから、もとのメガネでも大丈夫ですよ」

※最近、眼がどんどん悪くなっているような気がしていたのは、夢だったのか。